晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>F5
そうか、定期に入れたり、机の上に飾ったりしているのかな。
風間も机にその絵をプリントアウトして飾ったんだ。
しかし彼は段々見ているだけじゃ飽きたらなくなってきたんだな。
自分の姿をその美女の絵に合成しようとしたんだ。
葉子ちゃんも、やっぱり好きな人と二人で撮った写真とか欲しいと思うだろ。
ある時、人物をそのままスキャンできる、三次元スキャナーが試験的に導入されてさ。
あっ、三次元スキャナーってわかるかい。
よく知らない?
じゃあ、簡単に説明するよ。
三次元スキャナーって言うのは立体物の外観情報や、動きを1/30秒単位にデーター化できる装置なんだ。
そしてこの装置が悪夢のきっかけになった。
彼はその装置が導入されることを聞くと、それを使って合成しようと思ったんだ。
待ちどうしかっただろうな、風間の奴。
装置が来たときは満面の笑みを浮かべていた。
これで計画を実行できる、そう考えたと思うよ。
そしてある日、彼は他の社員が全員帰宅するのを待ったんだ。
その夜、十二時ぐらいに最後の一人が帰った。
そしてはやる気持ちを押さえて、三次元スキャナーの前に立ったんだ。
「これで彼女と一緒になれる」
彼は喜んだと思うよ。
片思いが成就するような思いでね。
そして彼は装置に電源を入れたんだ。
すると静かな部屋の中に無骨な装置の音が響いた。
もっとも、彼にとってはウエディングベルのように聞こえたんじゃないかな。
そしてしばらくその音に耳を傾けると、ゆっくりその装置の中に入ったんだ。
たぶん、バージンロードを歩む新郎のようにね。
彼は装置の中に入り取り込みを始めた。
風間のデーターはコンピューターに転送されていく。
でも不思議なことに、画面に突然その美女の絵が表示されたんだ。
そして何も操作していないのに、風間の姿が合成されていったんだよ。
三次元スキャナーは、あくまでもデーターを取り込む装置だから、合成はその後にあらためて風間がやるはずだったんだ。
スキャナーの中にいる彼は苦しみだした。
そして彼の姿が完全に合成されると、いつのまにか美女が恐ろしい魔女に変貌していた。
部屋には無気味な女の笑い声だけが響いたんだ。
部屋はひとときの静寂を取り戻した。
画面は消え、彼の姿は三次元スキャナーの上にはない。
そして突然、その静寂を破るように部屋の中でプリンターが動き出す。
プリンターから打ち出された紙には、これまでの出来事が日記のように語られていた。
恐怖の夜は幕を閉じた。
えっ、なぜこのことを知ったかって。
実は俺はその夜遅くその部屋を訪ねたんだ。
そのとき床には打ち出されたリストが広がっていた。
そしてそのリストを読んだんだよ。
翌日、彼は行方不明ということで捜索された。
もちろん風間は見つからなかったけどね。
それで彼は失踪したということで処理されたんだ。
俺はそのリストを誰にも見せず処分したからね。
もう少しで制作が終わる番組を潰す訳にはいかないだろ、ははっ。
でもさ、そのリストを読んだ後、どうしても気になったんだ。
俺は夜中にこっそりその部屋に行き、彼が使ってたマシンを調べた。
そしてあの絵を表示したんだ。
すると、風間の奴がいやらしく笑いながら、走っている絵が表示されてさ。
俺は唖然としたよ。
風間の奴、絵の中であの美女を追いかけまわしているんだ。
『まってくれ〜、愛してるよ〜〜』
『やめてよ。あっち行ってよ!』
美女はいやな顔をして逃げて行った。
しばらく唖然として画面を見ていたんだけど、馬鹿馬鹿しくなって電源を切ったんだ。
結局罠にはまったのはあの美女というわけさ。
葉子ちゃんも気をつけな、男を引っ掛けるときはね。
俺の話はこれで終わりだ。
「怖くないよ」
良夫がいった。
なんて失礼な奴だ。
「ははっ、しらけちゃったかな。
ごめん、ごめん」
泰明さんは少し照れながらいった。
「あっ、また電話だ。話し続けててよ」
彼は携帯電話を取る。
「えっ、風間がまた画面で暴れている? もう消しちゃっていいよ。うん、死のうがどうなろうがかまわないよ!」
泰明さんは電話を続けた。
(今の話は本当だったんだ……)
私はそう思った。
風間さんの入り込んだファイルを消すんだ。
私は泰明さんの冷たい横顔を見つめた。
次は誰が話をするんだろう。
(二話目に続く)