晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>I7

そうか、俺は声をかけたんだ。
黙って見ている緊迫感に耐えられなかったんだよ。
「か、風間………」
俺は彼に声をかけた。
しかし、彼は答えず沈黙を保った。

倉庫の中はしばらくの間、静寂が続く。
(まだ、気にしているのか…………)
彼のために、何もしてあげることができない自分がくやしかった。
俺はもう一度声をかけようとしたんだ。
すると彼は振り返った。

「泰明さん………」
そういうと彼は俺を見たんだ。
「俺は彼女のところにいきます」
彼はそう俺に訴えた。
「ど、どういうことなんだ………」
俺は当惑した。

「僕はもう一度、あの絵を解析したんです。すると彼女のところに行く方法が記述されていたんです。俺はこの数日間、その呪文の解析に取り組みました」
彼は床に眼を落とした。
(魔方陣……………?)

風間の視線の先には魔方陣のようなものが描かれている。
「泰明さん、いろいろどうもありがとう。
これまでの恩は忘れません」
彼は呪文を唱えた。
すると彼の前にいきなり闇が沸いて来たんだ。
そして闇からあの絵の女が現れたんだ。

彼女は風間に微笑みかけた。
それを見て彼も満面の笑みを浮かべたんだ。
(風間……………)
そして彼は彼女に歩みよった。
風間が目の前にくると、彼女は無気味に笑い、そして豹変した。

「ま、魔女…………」
まさにそういう雰囲気だった。
俺は言葉を失った。
風間は目がうつろで見とれているようにも、操られているようにも見える。

そして彼女の周りにまた闇が現れると二人を包んだ。
彼は消えた。
風間はその魔女に連れ去られたんだ。
「風間………」
俺はしばらくそこに立ち尽くした。
そして、次の日から彼は行方不明になった。

真相を知るのは俺だけだ。
その夜起きたことを俺は誰にもいわなかったんだ。
俺は風間を救ってやれなかったことを後悔してた。
しばらくしてあの絵の調査はまた行われたんだ。
「泰明さん、風間の奴、とにかく変なんですよ」
あの絵の分析結果が出た。

「風間の奴、これを知っていたら、失踪することもなかったのに……」
彼は残念そうに呟いた。
「えっ、どういうことだい」
俺は彼にたずねる。
「いやね、この絵の美女、男なんですよ」
「えっ……」
二人は沈黙した。

そして、俺は笑ったんだ。
「は、はははははっ、はははははっ」
俺の声はフロアーじゅうに響いた。
「どうしたんです、泰明さん?」
「いや、なんでもない、ははっ」
そして、何もいわずに俺は立ち去ったんだ。

知ってるかい。
あのモナ・リザもさ、男がモデルだって話があるんだ。
あの美女も、それと同じだったってことさ。
なんか、あのときの緊迫感が嘘みたいな結末だったよ。
えっ、怖くない。
それは葉子ちゃんがこの話を作り話だと思っているからだよ。

実際、絵から人が出てくるのを考えてみろよ。
そうだろ。
まあ、話としては怖くなかったかな。
ははっ、じゃあ次の人の番だな。


       (二話目に続く)