晦−つきこもり
>一話目(真田泰明)
>N3

随分実感込めていうんだな。
でも、俺もそう思った。
知らない方がいいという気持ちが、屋上へ行く足をとめさせたんだ。

しかし、気になってしかたがなかった。
俺は机に座って考えた。
(ルネサンス時代にどうして俺が………。タイム・スリップ! 有り得る。そういえば子供のころの写真が、今の俺に似ていないような気がする。

親に似ず端正な顔立ちをしている。ということは、俺は両親の本当の子供ではないのか? 確かに平凡な親戚の中で、俺だけ特別なような気がしていたが……。特に哲夫なんか、親戚とは思えない……。それを確認するためにも、やっぱり行くべきだ)

俺はそう決心した。
階段を登る足取りは重い。
そして屋上に着いた。
風間は遠くの景色を見つめている。
何か、思い詰めている表情だった。

(あの顔からすると、いい話ではないな…………)
俺は覚悟した。
(もう逃げることはできない)
そう思ったんだ。
そして、床を見つめ言葉を絞りだそうとしている。
彼は口を開いた。

「す、す、す、す…………」
そして、恐怖の瞬間だ。
「すいませんでした!」
意外な言葉が返って来た。
俺は戸惑った。
(どういうことなんだ……)
彼は怖いくらい震えている。

(あの俺の絵に何か重大な秘密があるにちがいない)
俺はそう思った。
そして俺は彼に問いかけたんだ。
「どういうことなんだ……」
彼は思い詰めたように俺を見つめた。
「じ、実は………」

風間の言葉はその先に続かなかったんだ。
「風間!」
俺は焦った。
しばらく沈黙が続いたんだ。
そして彼は意を決したように話し出した。

「実は泰明さん……、僕はイギリスの女性と……パソコン通信で、文通のようなことをしていたんですが……」
彼はたどたどしく続けた。
(確かあの絵はイギリスで描かれたものだ)

もしかすると風間は独自の調査で、絵の秘密を知ったに違いないと、そう思ったんだ。
しかし………。
「すいません。実は僕はプロデューサーだといって、泰明さんの写真を送っちゃったんです」
「…………………」

俺は言葉を発することを忘れた。
それから詳しく聞いてみると、あの画面に出ていた俺の姿は、パソコンで送るための写真だったんだ。
パソコン通信で知り合った女の子が、あまりにも綺麗な人だったんで、思わず俺の写真を送ったそうだ。

でもこの話はこれで終わりにならなかった。
本当の恐怖はこのときから始まったんだ。
それから数日たってから、その事件が起きた。
「泰明さん! 大変です。大変なことになりました」
風間が慌てて駆け込んで来たんだ。

「大変です、泰明さん!」
彼の言葉が途切れた。
そして俺の背後を凝視している。
俺は振り返った。
「MR.ヤスアキ………」
彼女が迫ってきた。
そして俺は思わず逃げ出したんだ。

「うわーーーーーー」
俺は心臓が止まるかと思ったよ。
後で聞いたんだけど、彼女も偽りの写真を送っていたらしい。
こんな怖い思いをしたのは生まれて初めてだった。
えっ、これで終わりだよ、ははっ。
これが俺が体験した、一番怖い話だ。

……………しらけちゃったかな。
ごめん、ごめん。
また今度、本当の怖い話をするからさ。
次の人、よろしく、ははっ。


       (二話目に続く)