晦−つきこもり
>一話目(前田和子)
>D5

そう。
私だったら……そうねえ、やっぱり行くっていうかしら。
あら、意外そうな顔してるわね。
本当よ。
きっぱり、行くっていうわよ。
それで、別の村に逃げ込むの。
そうしたら伊佐男神もその村に来るでしょ。

今度はその村が栄えるようになって、みんなにありがたがられるわけ。
「あなた様が来てから村が栄えました! ありがとうございます!」
なんていわれてね。
ふふっ、いい案でしょ。
あら、ごめんなさい。
話を戻すわね。

伊佐男神は村人達の思惑を知って、どうしようかと悩んだの。
でね、思い付いたのよ。
舞が喜ぶようなものを見せてあげようと。
それを後に折り紙で表現して、どんなに舞のことを好きか伝えようってね。
舞はその夜、神様への捧げものとなるために祭壇に立ったの。

伊佐男神はその夜、舞に乗り移り、彼女を外へ連れ出した。
この村で、一番景色がきれいな所に連れていってあげようと。
ここで一番きれいな所っていったら、やっぱりたんざく山よ。
そこから見下ろす景色に雪が降ると、すべてが白い小さな花に見えるのよ。

伊佐男神は、舞を一番安全な場所に降ろすと、ゆっくりと離れて目を開けさせた。
「う、わああ……っ」
舞は驚いたわ。
自分がいつのまにか、こんなところにきていたことに。

舞はとても怖かったけど、景色があまりにきれいだったから、しばらく見とれていたの。

そして、しばらくしてから山を一人で降りたの。

普通なら帰れなかったでしょうね。
かなり山奥まで来ていたから。
でも、伊佐男神が援護していたから、舞は無事に帰れたの。
舞が帰る頃には、すっかり日が暮れていた。
村人は、ますます舞をののしったわ。
生けにえになったはずなのに、どうして帰ってきたのかと。

(どうしてだ? えい、うらめしい。村人全部、くびり殺してくれようか)
伊佐男神は、そんなことも考えた。
だけど、思いとどまったの。
舞がもう一度神託をしたいといったから。

「すみません。今度こそ、伊佐男神のお気持ちをよく確かめますから」
翌日、又神託が行われた。
舞は、神託の間に入ったわ。
「今だ、今こそ……」
伊佐男神はそう思った。
そして、一晩かかって作りあげたのよ。
前日に、舞に見せた山の景色を。

そして、その景色の中に、舞と自分を意味する人型を作ったの。
見事なものだったわ。
「これを舞に見てもらえば……」
期待は大きかった。

……次の朝。
舞は、見事な折り紙細工を見て驚いた。
そして、考えたの。
(これは、確かに私が山で見た景色だわ。すると、この女の人型は……私? やはり、伊佐男神は私を生けにえに求めているの?
あと、もう一人いる男の人型は……?)

自分の肉親だろうか。
だとしたら、弟しかいない。
自分の弟とともに、あの場所にいけといわれているのかもしれない。
そう思ったの。

舞は、やって来たわ。
たんざく山に。
(舞……)
伊佐男神は、舞がやって来たことを一瞬喜んだ。
でも、次の瞬間にその心は吹き飛んだの。
(隣にいる男は誰だ?)
伊佐男神は、知らなかったのよ。
舞に弟がいたことを。

(おのれ……)もう限界だった。
いつまでも想いが伝わらない。
伝わらないどころか、恋人を連れて来た。
あの折り紙は、舞と恋人じゃない。
舞と自分だったのに……。
そう思うと、無意識に手をのばしていたの。
舞に向かって。

「よし、生けにえにきたというなら舞は俺がもらう」
伊佐男神は、舞をひょいとつまみあげると、山の奥へと消えていった。
もう二度とこの村は守らないと考えながら。

「うわあああーーーーっ!?」
平太は、驚いて絶叫した。
姉が突然いなくなった。
いや、正確にいえば……姉の首が、突然切れてどこかに飛んでしまったのだから。
伊佐男神は、舞を運ぶのに頭を捕まえたの。

首を切るつもりなんかなかったんでしょうけれど、怒りの為力がこもってしまったんでしょうね。
舞は、もう二度と戻らなかったの……。
私の話はそろそろ終わり……なんだけど。
実は、この話には後日談があるのよ。

伊佐男神は、舞の首を土に埋めたの。
そして、毎日悔んだのよ。
彼女を殺してしまったことを。
村を滅ぼそうとは思わなかった。
それどころか、悪いのは自分だとさえ思っていたの。
もっとうまく気持ちを伝えていたら……。

こんなことにはならなかったと、かなり自分を責めたのよ。
そこで山を降り、村のはずれにずっといるようになったの。
舞へのせめてもの償いとして、村を守っていこうと決めてね。
「気持ちは伝えなければいけない」
そういって、村人の恋を手伝ったりもしたそうよ。

やがて、伊佐男神は婚姻の縁神様として祭られるようになったの。
……村人は喜んだわよ。
舞を生けにえに出したから、伊佐男神が守護してくれたんだ、なんていってね。
それで、密かに次なる生けにえを捧げるようになったって話よ。

村で、女の子が何人も首を切られて山に捨てられた時期があったんだって。
あら、捨てられたんじゃないわよね。
山に作った祭壇に捧げられたのよ。

でも、伊佐男神はその頃山にはいなかったから。
そんな生けにえのことなんて、知らなかったと思うわ。
山には、犠牲者の死体を処理する人なんていないし。
祭壇の上には、何人もの女の子の死体が積み上げられていたそうよ。
まるで、捨てられたようにね……。

この辺りの山は危ないっていうわよ。
成仏できない霊が、人に災いをもたらすみたい。
こういう話って、割とあちこちの山にあるらしいわね。

だから、気を付けたほうがいいのよね。
山登りなんかが好きな人は特にね。
……じゃあ、次の話にいこうか。
次は、誰の番……?


       (二話目に続く)