晦−つきこもり
>一話目(山崎哲夫)
>E6

引き返すのか……。
なるほどな。
引き返せば、もう前の人に追いつくことはないからな。
その大学生達も同じ事を考えたんだ。
「……もう、引き返しましょうよ。
このまま登り続けるのって、気味が悪くて嫌だわ」

「そうよ、そうよ。引き返しましょうよ。私、なんだか、嫌な予感がするのよ。このまま登っていくと、何か悪いことが起こりそうな気がするのよ」
女の子二人が、そういいだした。
ほかの二人は、黙って谷村君を見ている。

部長である谷村君に、判断を任せたんだ。
谷村君は、考えた。
このまま戻ると、今朝出発した山小屋まで戻るのは、夜になってしまう。
もう半分以上、登ってきているはずだからな。

夜に歩き回るのは、危険が多い。
遭難してしまう危険性もある。
追い抜いている人たちが、なにかしてくるわけじゃないし、同じ人たちだっていう証拠はなにもない。
谷村君は、このまま登り続けた方がいいと思ったんだ。

彼がそのことをみんなに説明すると、嫌々ながらも、その考えに同意してくれた。
それで、登り続けることにしたんだ。
すると、谷村君と同じ四年生の峰崎君が、一つ提案してきたんだ。
それは峰崎君が、前の人たちに話しかけてみるという案だったんだ。
そうすれば、その人たちが、前に抜いた人と同じ人かどうか、わかるって。
みんなは、その意見に賛成した。
同じ人たちでなければ、別に戻る必要なんかないんだからな。

みんなで、その人たちに近づいていった。
峰崎君は、その人たちの先頭を歩いている男の人に話しかけてみたんだ。

「あの、すみません。
変なことを聞くみたいですけど、僕らの前に誰か抜いていった人がいませんでしたか?」
そう聞いてみた。

先頭を歩いている人は、ゆっくりと振り返った。
その人は、さっきの人と同じく、五十歳ぐらいの人だった。
にこやかな顔をしていて、とても優しそうな感じの人だったんだ。

その人は、峰崎君の質問に、首を横に振って優しく答えた。
いいえってな。
みんな安心したよ。
自分の気のせいだって、わかったからな。
みんなは、気を取り直して、再び登り始めたんだ。

でも、谷村君だけは、安心できなかった。
さっきの人は、自分が前に見た人と同じ顔だと思ったからだ。
(どう考えても、あの人は僕が前に見た人と同じ人だ。
自分らは、一度も抜かれていないんだぞ。どうして、僕らより前にいるんだ? 絶対にあり得ないことだぞ……)

そう思ったんだ。
谷村君は、気味が悪くて仕方がなかった。
そして、このまま登っていけば、また、あの人たちが前から現れるんじゃないかと思ったんだ。

谷村君は、みんなにこのことを話した。
さっきの人は、自分が前に見た人と、同じ人だったってことを。
そして、やっぱり戻ることにしようといったんだ。
みんなは、再び真っ青になった。

「そんな……。それって、谷村の勘違いじゃないのか? 霧がこんなに深いんだし、見間違いって事もあるぜ」
峰崎君は、そういうんだ。
でも、谷村君は、気味が悪くてしょうがないんで、今朝出発した山小屋まで、戻ることにした。

みんなも、不安がっているようだったしな。
戻ろうと、みんなは振り返った。
すると、すぐ後ろに、あの人たちが立っていたんだ。
そして、自分たちの方をにこにことしながら眺めていた。

「おやおや、どうしたんですかな、そんな驚いた顔をして……」
そのおじさんは、優しそうな声でそういった。
谷村君達は、怖くてなにもいえなかった。
おじさんは、そんな谷村君達を見て、にこりと笑った。

「実は、ついてきてほしいところがあるんですが……」
おじさんは、そういったんだ。
谷村君達は、思わずうなずいてしまったんだ。
おじさん達は、こっちですと、ゆっくりと山のふもとの方に歩き始めたんだ。

谷村君達は、黙ったままついていった。
だんだんと石がごつごつと落ちている場所になってきた。
だんだんと斜面が急になり、立ったまま歩くのも困難になる。
それなのに、そのおじさん達は、平気な顔をして、どんどんと進んでいくんだ。

気がつくと、もうそのおじさん達は、見えなくなってしまっていた。
谷村君達は、できるだけ急いで追いかけていったんだ。
しばらく進むと、おじさん達が、こっちを見て立ち止まっていた。
そして、地面の方を指さしていたんだ。

谷村君達が、近づいてみてみると、そこは崖になっていてな。
おじさん達は、崖の下を指さしているようだった。
谷村君が、崖の下を見てみると……。
そこには、なにかが落ちているみたいだった。
(あれは、なんだ?)

よく見てみると、それは人間のようだった。
どう考えても、ここから転落したに違いない。
谷村君は驚いて、おじさん達の方を見たんだ。
「!!」
すると、おじさん達はどこにもいなくなってしまっていたんだ……。

いつの間にか霧も晴れていた……。
谷村君達は、あわてて戻っていったよ。
すぐに警察に通報するためにな。
そして、無事に山小屋にたどり着くことができたんだ。
あの崖の下に落ちていた人は、もう数ヶ月前に死んでいたらしい。

あとでわかったんだが、そこにあった死体は、全部で五体あって、いずれも五十歳ぐらいの人たちの死体だったそうだ。
谷村君達は思った。
あの人たちは、あそこで死んでいた人たちの霊だったんじゃないのかってな。

死体を発見してもらいたくて、自分たちの前に現れたんじゃないのかって。
自分もそう思うよ。
山って不思議だよな。
そんなこともあるんだ。
自分にとってはな、山のそんな一面も魅力の一つなんだ。

葉子ちゃんは、そうは思わないかい?
さあ、これで自分の話は終わったよ。
次は、誰にするんだい?


       (二話目に続く)