晦−つきこもり
>一話目(山崎哲夫)
>K4

ああ、そうなの。
それじゃあ、一度登ってみなけりゃな。

どうだい、葉子ちゃん。
高校に行ったら、山岳部に入ってみるというのは?
え?
葉子ちゃんは、女子校に行くの?
じゃあ、女子校の山岳部に……
え?
ない?
ないって何が……山岳部?

ないの?
山岳部……。
はぁ……そうか、それじゃあ、仕方がないな。
あ、そうだ。
じゃあ、自分が行ってた高校に入ればいいじゃないか!
あそこなら、立派な山岳部があるぞ!
そうだ、それがいい、そうしよう!!

「……哲夫おじさん。もう入試は終わってるし、それに哲夫おじさんの行った学校って、男子校だったんじゃないの?」
あ、そうか……。
(まったく、哲夫おじさんったら……。そんなに、私に山岳部に入ってほしいのかしら)
……えっと。
どこまで話していたかな?

あ、そうそう。
とにかくその日は、とっても天気がいい日だったんだ。
みんなの足取りも軽く、順調に登っていった。
登るにつれて、次第に周りに見えていた草木が減り始め、ゴツゴツとした岩だらけの風景になっていく……。

眼下には、白く光る雲が広がっていた。
頂上まで、あと少しというところまで、登っていたんだ。
あと少しで頂上だと思うと、疲れなんかどこかに飛んでいきそうだった。
人間って不思議だよな。

それまでどんなに疲れていても、ゴールが見えた瞬間に、それまでの疲れがなくなってしまうんだ。
自分も、そんな経験があるよ。
みんなは、順調に登っていった。
でもな、それからしばらく登っていくと、次第に霧が出始めたんだ。
山は、天気が変わりやすいからな。

葉子ちゃんも、聞いたことあるだろう?
山は、天気が変わりやすいって。
でもな、その時の霧はすごかったんだ。
ほんとにな、数メートル先が、なにも見えないくらいだったんだ。
それでも、その大学生達は、登り続けた。

もうすぐ、頂上だって所まで来ていたからな。
その日に出発した山小屋に戻るよりも、頂上を越えていったところにある山小屋の方が近かったのさ。
彼らは、慎重に登っていったんだ。
下手すると、崖の下まで真っ逆さまってこともあり得るしな。

まあ、自分が登っているんだったら、そんなにひどい霧が出たときは、少し休んでいくけどな。
もうすぐ山小屋に着くんだったら、急ぐこともない。
彼らは若かったし、経験が少ないからな。
そんなことも思いつかなかったんだろう。

それからしばらくたってからだった。
登っているとな、前にいたグループに追いついたんだ。
そのグループも、ゆっくりと登っていた。
近づいていくと、その人たちは、黙って道をあけてくれてな。
彼らは、お礼をいって、その人たちを追い抜いたんだ。

その人たちは、すぐに後ろの霧の中に消えていった。
きっと、今の人たちも、こんな天気になるなんて、思ってもいなかっただろうな、なんて話しながら登っていったんだ。
それから、しばらくして……。
また、前の方を登っている人たちに出会ったんだ。

山の上でこんなに人に会うなんて、めずらしいなって、みんな思った。
しかも、こんな天気だろ?
まあ、出発の時は、晴れていたわけだから、他の人が登っていたって、不思議じゃないんだけどな。

彼らの中に、山岳部の部長をしている谷村祐二君って青年がいたんだけど……。
その谷村君は、どんな人たちなんだろうと思って、その人たちを見てみたんだ。

葉子ちゃん、五十歳ぐらいの人が山に登ると思う?
もちろん、とても高い山にだよ。
1.登るんじゃないかな
2.いくらなんでも登らない