晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>A7

それが一番、手っ取り早い方法だよね。
私は、思わず叫んでたよ。
「松尾さん、後ろを見て!」
ってさ。
でも、それが間違いだったんだぁ。

後ろを振り返った松尾さんは、無数の手を見て、頭の中が混乱したんだろうね。
持ってたマネキンの腕を振り回して、倉庫の中を逃げ回ってた。
私は、あまりに過敏な彼女の反応にあっけに取られてるうちに、一瞬、逃げ遅れてしまったんだ。

ハッとなった時には、一本の手が、私の肩をしっかりと掴んでた。
松尾さんはといえば、無数の手に押さえ込まれるようにして、床に倒れてる。
私たちはそのまま、何時間もそこにいたんだ。
心配したバイト仲間が、警備員さんと捜しに来てくれるまでね。

とりあえず、私たちは助かったのよね。
ただ、あの倉庫はずいぶん前に封鎖された場所だったって。
人が死んだとか、物が消えるとか、いろんな噂があったみたいだよ。
それで、厳重に鍵をかけておいたはずなんだってさ。

でも、そんな鍵なんて一つもなかったよ。
変な事件。
でも、その警備員さん、いってたっけな。
「またか……」
って。
ふふ、よくあることなんじゃん。

今じゃ、松尾さんもすっかり元気になってるけど、肩こりがひどいって嘆いてる。
彼女には見えてないようだから、ただの肩こりと思ってるけど、あれは、そうとう重そうだね。
いっぱい背負ってるもん。

それこそ、無数の手が彼女の肩に見えるんだ。
私なんて、一本だけでも疲れるっていうのにさ……。
そうだよ。
私ね、あの時から肩を掴まれたままなんだ。

見えないかなぁ?
私の肩をよーく見てごらんよ。
どう?
これって、人間の手だと思う?
なんかマネキンの手みたいな光沢があるじゃん。

ま、どっちでもいいんだ。
重さに、変りはなさそうだからさ。
ふう、それにしても肩がこる。
……と、こんな話でいいの?
じゃ、終わるね。
早く次へいってくれる?


       (二話目に続く)