晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>G8

本当に?
本気で、そんな行動がとれると思ってんの?
想像と現実とでは、かなり差が出るもんだって。
頭の中だけうまくいったって、現実じゃ、ちっとも役に立たないんだよ。
その点、私は本番に強いタイプだからさ。

この時の判断は、正しかったと思うんだ。
私は口をきく代わりに、手に力を込めたのさ。
すると彼女は、おとなしくなったんだ。
なにかしらの危機感を感じ取ってくれたんだね。
その時はそう思った。

でも、それは大きな間違いだったんだ。
今度は、彼女の体が重くなっていくんだって。
まるで、死体を引っ張っている気分だった。
おまけに、出口のドアは目の前なのに、なかなかたどり着けない。

早足で歩いていたはずなのに、一歩一歩踏みしめながらでないと進めなくなってたよ。
最初のうちは、飛び回るだけだった無数の手が、私の足にまとわり付くようになり、ますます私の足は、重くなってった。
それでも私は、気力で出口にたどり着いたんだ。

エレベーターホールには、私達の乗って来たエレベーターが止まってる。
ラッキー!
ドアが開いているじゃん!
あれに乗って逃げれば……!!
そう思った瞬間、私は、ものすごい力で倉庫に引き戻されそうになった。

私が……っていうよりは、松尾さんの体が引っ張られたっていう方が、正しいね。
だからって、ここで手を離すわけにはいかないよねぇ。
せっかく、ここまで連れて来たんだもん。
私も負けずに、彼女の腕を思いっきり引っ張って、エレベーターに飛び乗ったんだ。

力を込めた瞬間、フッと彼女の体が軽くなった。
……そう感じた。
私たちが乗るとすぐに、エレベーターのドアが閉じて……。
やっと、私は一息ついた。
そして、初めて、自分の手に握られているものを見たのさ。

それは……。
マネキンの腕だった!
私は、一度も彼女の手を離さなかったのに、いつのまにか、マネキンの腕にすり替わっていたんだ。
いいや、もしかしたら、私が最初につかんだ時から……。

下りる時はあんなに時間がかかったくせに、上りは一瞬だった。
エレベーターが、どこかのフロアで止まった。
ピンポーンという軽い音の後、ドアが開くと……、

そこには、残って作業していたはずの二人が立ってたんだ。
二人は、帰りの遅い私たちを捜しにいくところだったのね。
それで、私は彼等と警備員さんを呼んで、集団で地下へ戻った。
警備員さんがいうには、地下三階なんて見たことも聞いたこともないんだってさ。

そんなもの存在しなかったのさ。
どこを探しても地下は二階までで、それより下には行けないの。
エレベーターのボタンにも、『B3』は、なかった。
結局、松尾さんは行方不明のまま。

あの倉庫に入れない以上、私たちには捜す手掛かりもないからさ。
あれは、どっか別の次元に存在するものだったんじゃないの?
そういう変な空間て、けっこう、あちこちに現れるらしいじゃん?

そういうのってさぁ、こんな田舎だと神隠しっていうんだよねぇ。
行方不明っていうよりは、神隠しの方が響きがいいじゃん。
今度から、この話をする時は、そう呼ぶことにしようっと。

「私の知ってる子がさぁ、神隠しにあったの」
って感じ。
さ、私の話はこんなところよ。
次は誰なの?


       (二話目に続く)