晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>I8
確かに、松尾さんのことは気になったんだけど、もう地下へ戻る気にはなれなかった。
だから、ゆっくりと売り場へ通じるドアを開けた。
今まで止まっていた時間が動き出す。
まさにそんな感じだね。
売り場は人であふれ、明るい照明と賑やかな音楽が、心地よかった。
……夜が明けていた。
それだけでは、なかったんだけど……。
私は、三日間も行方不明だったらしいね。
残って作業していた二人が、警備員さんと倉庫まで捜しに行ったけど、私たちの姿は見えなかったってさ。
不思議な事なんだけどさぁ、そのデパートに、地下三階はないんだ。
以前は倉庫があったらしいんだけど、死人が出たとか、物がなくなるとかで封鎖されてしまったんだって。
私たちが迷いこんだのは、その封鎖されたはずの倉庫ってことになるね。
えっ?
そうそう、松尾さんは、まだ行方不明のままだよ。
もちろん例の地下倉庫も、くまなく捜したさ。
厳重に封鎖されてるドアを、バーナーで焼き切ってもらって、警備員さんや警察の人たちと一緒に中に入ったけど、誰もいなかった。
埃だらけで、物が散乱してるのは相変わらずなんだけど……。
照明は薄暗いどころか、電源が既に切られてて、つくはずもないし、バーナーで焼き切らなきゃ入れないドアの中に、あの夜、私たちが入れたことからして、おかしいじゃん。
結局、何も手掛かりらしいものは見つからなかった……。
あの地下倉庫は、再び厳重に封鎖されたようだしね。
今度は、コンクリートを流し込んで、地下三階全部を埋めてしまったって。
そんなことで、本当に怪現象がおさまると思ってんのかなぁ。
御札一枚の方が、ずっと効果的だと思わない?
……夢に見るんだ。
コンクリートの中から、青白い手が出てくるのを……。
誰の手かは知らないけどさ……。
まあ、こんなもので不眠症になったりは、しないからいいけどねぇ。
……私の話はこんなところよ。
次は誰…………?
(二話目に続く)