晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>Q9

へぇー、あるんだ。
じゃあ、感じぐらいはわかるよね。
ほとんどの場合、先に視線をそらした奴が負け。
生首相手に喧嘩売る気にはならないけどさぁ、私って、売られた喧嘩を買い叩いちゃう癖があるんだぁ。
負ける喧嘩は買わないけどさ。

正直いって、生首と喧嘩なんてしたことなかったからさぁ、どうしたらいいんだか、さっぱりわかんなかった。
そうやって、どれくらい睨み合ってたんだろう……。
「さっき……、地下倉庫にもいたの……」
って、震えるような松尾さんの声が聞こえてきた。

地下倉庫ってことは……?
あの、マネキンの首のこと!?
そう思った瞬間、つい、私は生首から目をそらしちゃってたのね。
気付いた時には、もう遅かったのよ。
すぐ目の前に、生首の、笑うことのない目が、怪しい光を放ってた。

その光に目を奪われて……。
私たちに出来た、ほんのわずかな隙をついて、生首の群れがいっせいに襲いかかってきたの。
腕や足に容赦なく噛み付いてきた。
私も松尾さんも、突破口を捜して、やみくもに腕を振り回してたよ。

だけど、そんなもんで追い払えるわけないじゃん。
私は、ろくに目を開けることも出来ず、その場に身を屈めてた。
おかげで、私の視界は真っ暗よ。
その代わり、残りの感覚を砥ぎ澄ましてたの。

すると、
「いやぁーーーーーっ!!」
突然、甲高い悲鳴を上げて、一陣の風が走りぬけていった。
目を閉じてたから、そう感じただけなんだけど、その風の正体は松尾さんだったの。

彼女は、生首を振り切ろうと駆け出して、そのまま金網を乗り越え、十二月の夜空へダイブしたんだよ。
見えてたわけじゃないけどさ。
私が目を開けて動けるようになったのは、彼女が飛び降りたのをきっかけに、生首の群れが空に飛び上がってからなんだ。

餌に群がるカラスみたいに、生首の群れは、デパートの上空をぐるぐる飛んでたわ。
私は、急いで、彼女が乗り越えたらしい金網に駆け寄って、下を見たの。
といっても、もちろん真っ暗闇で、何も見えなかったよ。

ただ、彼女が落ちたと思われる辺りから、フワフワと丸い物体が、浮かび上がってきたんだ。
「……!!」
それは、松尾さんの生首だったの。

彼女の顔は、落ちた時の衝撃で醜く歪み、後頭部からは黄色い物が見えてるし、白い首は無残に切断され、ギザギザした切り口からは赤い血が滴り落ちてた。
風が吹く度に、背後に波打つ髪が揺れる。
松尾さんの生首は、ぼろぼろと涙を流しながら、私に近寄って来た。

「由香里ちゃん、どうして……。
何でこんなことになっちゃったのかなぁ」
そんなこと聞かれたって困るよね。
「わかんないよ。そんなこと、私にわかるわけないじゃん!」
私の答えに、松尾さんは寂しそうな表情になって……。

一言、呟いたかと思うと、だんだんと上昇してった。
彼女の呟きは小さすぎて聞き取れなかったけど、別れの言葉だったんじゃないかなぁ。
空を見上げると、まだ生首の群れが、うようよ飛び交ってる。
松尾さんの生首は、その群れに合流すると、雲の中に消えてった。

それっきり、彼女の首の消息はわからないんだ。
身体の方はね、すぐに警備員が発見して、自殺ってことで片付けられたんだけど。
遺体にはやっぱり、首がなかった。
当たり前か、どっか飛んでっちゃったんだもんね。

そうそう、これは余談になっちゃうんだけどさぁ、Tデパートの例の地下倉庫で、昔、酷い殺人事件があったんだって。
当時、管理を任されてた警備員が、妄想癖のある人で、すべての女の人が自分をあざ笑ってると思い込んじゃってたらしいよ。
どうやら原因は、失恋のショックだったって。

最初のうちは、古いマネキンをバラバラにして、うさを晴らしてたらしいんだけど、そのうち買物客や、店員の女の子を連れ込んでは、殺すようになったんだ。
昔の話だから、警備員は一人しかいなかったみたいで、発見が遅れたのはそのせいじゃないかなぁ。

警察が踏み込んだ時には、バラバラに切り刻まれた腐乱死体が散乱してて、ムッとするような異臭がたちこめてたとか。
でも、こんな事件のあった後だからって、お祓いをした後、倉庫は封鎖したんだって。

コンクリートを流し込んで、地下三階そのものを埋めちゃったから、私たちが入れるはずがないのにね。
おかしな事件。
結局、私の見た生首が、本物の人間の首か、マネキンの首なのかも、はっきりしないし……。
そういえば……。

つい、この前、どこかの学校の男子生徒が、電車にひかれて自殺したってニュースでいっててさぁ……。
やっぱり、その死体にも首がなかったんだって。
今頃、警察が捜してるんじゃない?

見つかるのかなぁ。
見つかんない方が、私としては面白いんだけどな。
松尾さんと一緒にいるんじゃ……、なんて想像出来るじゃん。
ま、どっちでもいいや。
じゃ、私の話はこの辺で。
次は誰にするの?


       (二話目に続く)