晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>R9

本当かなぁ?
まぁ、本人がいうんだから信じたげるよ。
喧嘩じゃあ、ほとんどの場合、先に視線をそらした奴が負け。
それを逆手にとれる人もいるけど、素人には無理だね。

生首相手に喧嘩売る気にはならないけどさぁ、私って、売られた喧嘩を買い叩いちゃう癖があるんだぁ。
負ける喧嘩は買わないけどさ。

正直いって、生首と喧嘩なんてしたことなかったからさぁ、どうしたらいいんだか、さっぱりわかんなかった。
そうやって、どれくらい睨み合ってたんだろう……。
「さっき……、地下倉庫にもいたの……」
って、震えるような松尾さんの声が聞こえてきた。

地下倉庫ってことは……?
あの、マネキンの首のこと!?
そう思った瞬間、つい、私は生首から目をそらしちゃってたのね。
気付いた時には、もう遅かったのよ。
すぐ目の前に、生首の、笑うことのない目が、怪しい光を放ってた。

その光に目を奪われて……。
急に目の前が暗くなった。

「由香里ちゃん、由香里ちゃん……」
松尾さんが呼んでる。
うーん、どうやら気を失ってたみたいだなぁ。
「由香里ちゃん」
どうしたんだろう、泣き声のようだけど……。

私は、ゆっくりと目を開けたんだ。
辺りはまだ暗かった。
そんなに長い時間が過ぎてたわけでもなかったみたい。

もう、生首たちの姿は見えなかった。
ただ、私のそばで、松尾さんがうずくまって泣いてるだけ。
「どうしたの、松尾さん?」
するとね、うつむいて泣いてた松尾さんが顔を上げたんだ。

「……!!」
身体がなかった!

彼女の、首から下の身体が見えなかったの。
彼女の白い首は、きれいに切断され、背後に波打つ髪が揺れてるのが見える。
松尾さんの生首は、ぼろぼろと涙を流しながら、私に近寄って来た。

「由香里ちゃん、どうして……。
何でこんなことになっちゃったのかなぁ」
そんなこと聞かれたって困るよね。
「わかんないよ。そんなこと、私にわかるわけないじゃん!」
私の答えに、松尾さんは寂しそうな表情になって……。

「見て……」
って、視線を泳がせた。
その視線の先には、一人の女の人がいたんだ。
「誰……!?」
見覚えのない顔だった。
だけど、その服には見覚えがあるような……。

その女の人は、私と目が合うと、ニィーッと張り付いたような笑みを浮かべて、闇の中へ消えて行ったわ。
「私の身体なのに……」
松尾さんの生首は、一言、呟いたかと思うと、だんだんと上昇してった。

空を見上げると、たくさんの生首の群れが、うようよ飛び交ってる。
松尾さんの生首は、その群れに合流すると、雲の中に消えていった。
そうか……、あの女性の身体は、松尾さんの物だったのか……。
どうりで、見覚えがあるはずよ。

結局、あの生首の群れが何者だったのかはわからずじまいよ。
地下倉庫でみたマネキンの首と関係があるのかどうかもわかんないんだ。

あの女の人も、あの時から見てないし。
警備員さんがいうには、地下三階なんて見たことも聞いたこともないんだってさ。
そんなもの存在しなかったのよ。
どこを探しても地下は二階までで、それより下には行けないの。

エレベーターのボタンにも、『B3』は、なかった。
結局、松尾さんは行方不明ってことになってる。
あの倉庫に入れれば、何か手掛かりでも掴めるんじゃって気もするけどね。

あれは、どっか別の次元に存在するものだったんじゃないの?
そういう変な空間て、けっこう、あちこちに現れるらしいじゃん?
えっ!?
松尾さん?
そうそう、これから話すことをちゃんと覚えておくんだよ。

彼女の生首がね、この話を聞いた人の所に現れるんだって。
「あなたの身体をちょうだい」
って。
今まで、何人かに話したんだけど、みんな生首が出たって気味悪がっちゃってさぁ。
一人は生首から逃げようとして、二階の窓から落ちたんだって。

怪我はたいしたことなかったらしいんだけど、精神的ショックの方が大きかったみたいなんだ。
なんでも、松尾さんの首が、
「怪我した身体じゃ、嫌!」
っていって、どこかへ飛んで行ったんだって。

それからは、松尾さんの話の後、必ずこう付け加えるようにしてるんだ。
この話を聞いた後、松尾さんの生首が現れて、『あなたの身体をちょうだい』っていうから、その時はこう答えるんだよ。
『私の身体は傷だらけです。足は捻挫してるし、腕は骨折しています』って。

わかった?
松尾さんの生首を見た、唯一の生き証人の意見を参考にしてるんだからね。
えーっ、いってなかったけ?
そうだよ。
この話を聞いた残りの人はみんな死んじゃったんだ。

高い所から落ちたり、車道に飛び出したりっていうのが多いから、みんな、生首から逃げようとしてたんじゃん?
大丈夫だって、私の教えたキーワードさえ覚えてれば。
たぶんね。
じゃ、私の話は終わるわ。
早く次へ行こうよ。


       (二話目に続く)