晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>U5

私たちは、エスカレーターを利用したわ。
一番、手近な所にあったからさ。
止まってるから、上りも下りも関係ないもんね。
一つ下のフロアへ下りてみると、そこは、玩具売場だった。
お人形からロボット、プラモデルまで、なんだか久しぶりって雰囲気の物がたくさんあったよ。

それでも、やっぱり昼間に見るのとでは大違いなんだから。
夜だと、可愛いぬいぐるみですら、なんだか別の生き物のように思えてくるんだって。
非常口の明かりなんかが反射して、目が光ってるように見えちゃうんだ。

私たちは、そんな売り場を静かに歩いていた。
するとさ……。
パタパタパタパタ…………。
って、何かが走っていく音がするの。
小さい足音なんだけど。

パタパタパタパタ…………。
確かに聞こえる。
私たちは、お互いに顔を見合わせて確認したよ。
錯覚じゃないって。
その足音がやんだと思ったら、今度は、小さな声が聞こえてきたの。

「もーいーかい?」
「まーだだよ」
って、かくれんぼをしてる子供の声だった。
そしてまた、足音が……。
目には見えないけれど、私たち二人の周りを数人の子供が駆け回ってるようだった。

「もーいーかい?」
その声も足音も、生きている人間のものじゃない。
幽霊とか、妖怪といった類のものに違いなかった。
「もーいーかいったら、もーいーかい?」
足音はもう聞こえなくなっていたけど、返事を待つ鬼の声だけが、いつまでもこだましてた。

私たちは逃げもせずに、その声を聞いていたんだ。
子供の声は次第に大きくなって、フロア中に響きわたっていった。
でもね、不思議なことに他の子からの返事が返ってこない。
聞こえるのは、
「もーいーかい?」
っていう鬼の声だけ。

それで、つい、返事しちゃったんだと思うんだ。
私じゃないよ。
もう一人の……、ええと、誰といたんだっけ?
とにかく私といた、もう一人が返事しちゃったんだよ。
「もういいよ」
って。

小さく呟いたつもりなんだろうけど、それはしっかりと鬼の子の耳に届いたのよ。
だって、その時、私の目に映ったのは……!!
カッと目を見開いたまま、闇に包まれた人の姿……。
背後の闇から伸びた真っ黒い腕が、何本も、何本も、体を覆い隠すかのように絡み付いていく。

エサに群がるアリのようだったよ。
そして、そのまま闇の中に溶けこんで消えてしまったんだ。
ほんの一瞬のうちにね。
後に残された私の頭上を、子供たちの笑い声が渦巻いてた。
やがて、その声も消えて……。

私は急いで、来た道を引き返したよ。
エスカレーターを駆け上って、作業を続けてるはずの二人のところへ走る。
でも、そこには一人……、バイト先の主任しかいなかった。
ひどく、おろおろした様子で、呼吸が少し荒かったみたい。

主任は私の姿を見て、多少はほっとしたようだった。
「由香里君、君ひとりなの?」
「主任こそ、何故ひとりなんです?」
「いや……」
主任は、答えようとせずに、口を閉じてしまった。

「もしかして……?」
彼が、やっと喋ったのはこれだけ。
その台詞に、私は黙ってうなずいた。
「そうか…………」
そういって、主任もまた黙ってしまった。
私たち二人の頭上を、子供の笑い声が駆け巡っていったよ。

闇に消えた二人は、それっきり行方不明。
駆け落ちしたとか、心中したとか、いろいろ噂は流れてるようだけど、どれもデマ。
あの二人は、神隠しにあったんだもんね。

どう、葉子。
今時、神隠しなんて信じられる?
1.はい
2.いいえ