晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>Y5
やっぱり何か知ってんだ?
これって、そんなに有名な話だったっけ?
まあ、よくあるタイプの話だよねぇ。
そうなんだ。
誰も見つけてくれないから、男の子は幽霊になって現れたんだ。
単純だけど、手っ取り早い方法だもんね。
エレベーターに乗ってるとさぁ、彼の幽霊が出てくるんだって。
こう、悲しそうな顔でじーっと立ちながら、消えそうな声で、
「僕は、ここにいるんだよ」
って、床下を指差して消えるんだってさ。
その噂は、あっという間に広がったよ。
それで、ようやく彼がいないことに気付いた。
業者を呼んで、エレベーターの下を調べてもらったんだ。
彼は、絶対ここにいるって。
みんなのいったとおり、そこには男の子の死体があった。
死後二ヶ月は経ってたらしいね。
その間、誰も気付かなかったなんて、友達少なかったんじゃん?
そのエレベーターっていうのが……。
って、ここまで話した時!
ガタンと揺れて、エレベーターが止まったんだ。
ドアも開かないし、ライトも消えてしまった。
それだけで、主任はパニック。
完全に、今、乗っているエレベーターを、男の子の幽霊の出るものと、思い込んじゃってたよ。
誰もそんなこと、いってないのにさぁ。
そのうち、妙なことまで口走りだしたんだ。
「うわー、ゆ、幽霊がー!!」
って、なんだか、思いつく限りのお経や呪文を唱えてた。
だから、私、優しくなだめてやったんだ。
「大丈夫ですよ。幽霊なんていませんから」
ってさ。
暗闇の中に、何かがぼんやりと浮かんで見えた。
主任はそれを幽霊と思ったんじゃん?
まあ、人の形に見えなくもなかったけどさぁ。
やがて、それも消えたよ。
その後、すぐ、ライトがついてエレベーターが動きだした。
その時には、もう、主任は息をしてなかったけどさ。
苦しそうな顔で、ひっくり返ってただけ。
ああ、そういえば、どっか内臓が弱いって聞いたような……。
聞いてなかったような……。
恐怖とショックで、発作を起こしたのかぁ。
でも、運のない奴。
あの話は、外国のホテルの話だったのにさ。
いったい何を勘違いしたんだか……。
私は、ちゃんと教えたよ。
「幽霊なんていませんから」
って、ねぇ?
私、嘘はいってないからね。
確かに、暗闇にぼんやりと何かが浮かび上がって見えた。
でもそれが、幽霊だなんてとんでもない。
あれは、ただの落書き。
夜光塗料ってあるじゃん。
あれって、別名、蓄光塗料っていうんだけどさぁ、名前の通り、明るい時に光を蓄えておいて、暗くなるとぼんやりと光る性質の塗料なんだ。
わかった?
主任が幽霊だと思ったのは、壁に蓄光塗料で描かれた落書きだったのさ。
こんなことで、命を落とす人もいるんだね。
私は、すぐ、人を呼んだよ。
でもさぁ、本物の幽霊を見たっていうんならまだしも、ただの落書きを幽霊と思い込んで死んじゃったなんて、すっげー、かっこ悪いじゃん。
さすがに、警備員も警察官も、笑いを堪えきれなかったみたいだよ。
家族には知らせなかったようだし。
主任の名誉のためってとこじゃん?
彼が死んだのは不運な事故。
私としては、ちょっと不服だけどさ。
ま、好きじゃない人間が、いなくなってくれたからいいか……。
好き嫌いは、はっきりさせないとね。
主任が死んだ。
これだけが真実。
それにしても、いったい誰が描いたのか、人騒がせな落書きだよね。
ま、その人に感謝してもいいかな。
……さあ、私の話はこんなもんよ。
次の話にいってくれる?
(二話目に続く)