晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>AA3
えーーーーーっ!
つまんない子。
まだ十五歳なんだからさぁ、もうちょっとアクティブに生きなきゃ。
もうちょっと、感受性を高めなきゃ駄目だね。
そんなんじゃ、男の子にだって、もてないぞ。
閉店後のデパートって、広ーいフロアに誰もいなくて、不思議な気分になれるんだ。
照明も必要な場所しかついてなくて、それ以外の所は真っ暗。
昼間は明るくて、人が大勢いるのにさ。
その時、作業していたのは、私とバイト仲間三人とで、計四人だった。
流通競争の激しい地域だと、ショーウィンドウのデザインなんかで、大きく売り上げが変動するんだって?
だから、『デコレーター』っていう専門のデザイナーが活躍するんだよね。
まあ……、私たちは、しょせん寄せ集めのアルバイトだったし、どちらかというと、デザインセンスよりも体力の方が重要視されてた。
クリスマスのリースや、ツリー、サンタクロースなんかのディスプレイをはずして、正月用のディスプレイを飾っていくだけだったからね。
簡単な作業だからって、けっこう気楽に考えてたんだけど……。
作業を始めて一時間もたたないうちに、不都合が生じたんだ。
展示用のマネキンが足りないの。
私たちは、デパート側からの依頼で来ているっていうのにさ、完全に向こうのミスだよね。
しかたなく、メンバーから二人が、倉庫までマネキンを取りに行かされることになったんだ。
知ってる?
マネキンてけっこう重いんだよ。
女の子じゃ運べないって。
だから、男二人を行かせることにしたんだ。
二人ともかなり怖がりで、さんざん嫌がってたよ。
駄目じゃんね、こういう時にこそ、いい所を見せないとさ。
男二人は、おどおどしながら暗闇に消えてった。
私と、もう一人の女の子……。
確か、松尾さんだった……の、二人で作業を続けながら、倉庫にいった二人の帰りを待ってたんだ。
だけど、二人はいつまでたっても帰って来ない。
マネキンが来ないから、作業もストップ。
早く終わらせて帰りたい……。
仕事に来た時の、あの期待感はとっくに失せて、すっかりだらけきってたよ。
働く気分じゃなくなってたんだよね。
それは、松尾さんの方も同じだったんじゃん?
先に我慢できなくなったのは、彼女の方だったもんね。
「ねぇ、このまま待ってるのもつまんないから、何かしない?」
やったね、私はこの言葉を待ってたんだ。
だから、にっこり笑って答えたよ。
「そうだね、このフロアから出なければ平気よね」
ってさ。
私たちはメモを残して、とりあえず売り場を散歩することにしたんだ。
そこはさぁ、家具と電化製品の売り場だったんだけど、スイッチの入らない電化製品なんて、つまんねーだけだって。
どんなに大きなテレビでも、真っ暗な画面だけ見てたって面白くないじゃん。
ますます退屈になって……。
私たち、家具売り場のベッドの上で眠っちまってたんだ。
ええもう、ぐっすりと。
……どれくらい眠ってたんだろう?
私は、思いっきり叩き起こされたんだ。
「お前等、こんなとこで何やってんだ!」
って、この声はバイト先の主任だ。
うーん、まだ目の前がぼんやりしてる。
なぁーんだ、松尾さんもじゃん。
よかった。
怒られる時は、一人より二人の方がいい。
散歩に誘ったのは松尾さんの方だから、彼女の方が罪は重いはずだし……。
そんなことを考えながら、ベッドを下りた。
そして、全員で作業に戻ろうとしていた時、おかしなことに気付いたんだ。
確か、さっき二手に別れた時は、二人と二人のあわせて四人だったはず。
でも、今は……?
私と松尾さん、それに主任がいて、男の子が二人……、二人?
えっ!?
一人多くない?
私は、松尾さんにこっそりと聞いたんだ。
「今日って、四人で来たんだっけ?」
「何いってるの、当たり前じゃない」
「でもよく見てよ、私たち、五人いるよ」
「えっ!?」
そういって、彼女も人数を数えて、
「本当だ。男の子が一人多い」
それで、二人して主任に聞いたんだ。
「あの、人数が増えてるんですけど」
って。
主任は最初、全然聞いてくれなかった。
でも、人数を数えてやっとわかってくれたよ。
確かに一人多いんだ。
ただ一番おかしいのは、二人の男の子のうち、どっちが最初からいた方だか、わからないってことだった。
私は初対面だし、まだ名前も聞いてなかったからさ。
でも、何度か一緒に仕事してるはずの松尾さんや、一緒に行動してたはずの主任にも、それがわからなかったんだよ。
二人の男の子が、そっくりってわけでもないんだ。
全然違うタイプだし、どっちも同じくらい知ってて、同じくらい他人……。
って感じだった。
もちろん二人とも、自分は、最初からいたって主張してたよ。
で、いつまで論争しててもしょうがないから、とりあえず、戻って作業を続けることになったんだ。
人手が多い分にはいいやって。
アバウトな主任だね。
作業が終わって、全部のディスプレイが完成したわ。
それでも、男の子の判別はつかなかった。
もう、どうでもいいや。
後は、バイト代をもらうだけだし……。
ふぁーーーあ、それにしても、なんだかひどく疲れた……。
バイト代をいただいたら、さっさと帰って寝ようっと。
そう思って、主任を捜すんだけど、どこにも姿が見えないんだ。
ついさっきまで、私の後ろで作業してたくせに……。
でもやっぱり、主任の姿はない。
その代りに、見覚えのないマネキンが立ってたんだ。
「こんなとこにマネキンなんて置いたの誰?」
でも、返事はない。
当たり前じゃん、誰もいなかったんだからさ。
主任どころか、松尾さんも、二人いた男の子までいなくなってた。
そして、何を意味するのか、そこにもマネキンが立ってたんだ。
合計で男三体と、女一体。
それを見た瞬間、私の頭に蘇る記憶があった。
その日は、最初から私一人だったってこと。
松尾さんはデート。
主任は家族サービス。
今日、初めて会うはずだった男の子はスキーで捻挫。
……それで、私は一人で四人分のバイト代を、もらう約束で来てたんだったっけ。
じゃあ、今までの出来事は、全部、自分の錯覚だったんだぁ。
眠ったつもりでいたけど、夢遊病みたいに起きだして、自分でマネキンを取りに行ってたのかぁ。
でも、こんな意味のないマネキンを四体も、運んで来なくったっていいのにさぁ……。
端から見れば、ただの暗い奴じゃん。
まぁ、終わったことだし。
おかげで、早く片付いたんだからいいや。
これは、気分だけの問題じゃないんだよ。
バイトに入ってから、たった三時間しかたってなかったんだもん。
一人じゃ、ちょっと無理なスピードだよ。
後日、松尾さんに話したら、
「それはきっと、座敷わらしか、サンタクロースよ!」
だってさ。
幽霊でも、妖怪でも、かまわないんだけどさ。
害のある存在じゃなかったから……。
えっ!? バイト代?
ちゃーんと四人分いただいたに決まってるじゃん。
……そうだなぁ、怖いっていうよりは、不思議な話かな?
今度はもっと怖い話をしてやるよ。
とりあえず、今日はここまで…………。
次へ行こうか?
(二話目に続く)