晦−つきこもり
>一話目(藤村正美)
>C4

当然ですわね。
もらうなんて恥知らずなまね、できません。
もちろん、私はお断りしました。
でも、聞いてくださらないんです。
それどころか、受け取ってくれなければ、もう治療を受けないとまで。

私は困ったあげく、お受けすることにしました。
いいえ、形だけですわよ。
私には、そんなものを頂く理由がありませんもの。
ただ、この話は親族の方だけには、しておかなければと思ったんです。
次に親族の方が見えたとき、私はすぐに、その話をしました。

ところが、意外な反応が返ってきたのです。
「はあ、母が遺産をあなたに…………どうぞ、どうぞ」
あんまりアッサリしているものですから、拍子抜けしてしまいました。
こんなに簡単に権利を放棄してしまうなんて、なんて浮き世離れした方たちでしょう。

でも、こういうわけで、私は本当に財産を頂くことになったのです。
それから間もなくして、中山さんは亡くなりました。
特別室は引き払われ、わずかな私物は親族の方が引き取って行かれました。
そして、私の手元には、一つの小箱が残ったんです。

両手でちょうど抱えられるくらいの、木でできた箱でした。
中山さんの持っていた物で、一番価値のある物だからということでしたわ。
私は、その箱を開けてみたんです。
そうしたら……目の前に、いつか見た例の風景が、浮かび上がるじゃありませんか。

花咲く丘と、古い洋館。
まるで蜃気楼のように、箱の中から出てきたんですわ。
不思議な美しさに、私は見とれていました。
すると、爪ほどの大きさのドアが開いて、中から小さな人間が出てきたんです。

チョコチョコと丘を歩いてから、その人は私に気づいたようでした。
ニッと笑うと、大きな牙が覗きました。
そういえば、この人の耳はどうして尖っているのかしら……。
そんなことを思いついたとき、小さな人はピョーンと飛び上がりました。

そして、私の口の中に入ってしまったのです。
「まさか、そんな」
私は、思わず口に出していってしまった。
だって、そんなこと馬鹿げてる。
正美おばさんって、案外メルヘン好きな人なのね。

「信じられないかしら、葉子ちゃん? それなら、これを見てくださる……」
正美おばさんは、いきなりスーツの前を開いた。
ブラウスを押しのけるように、おばさんの体がうごめいている。
その胸元から見えるのは……人の顔?

いやらしく、にたにたと笑っている。
「体中に、この顔があるんですの。
中山さんの遺産って、このことだったのですわ」
おばさんは、悲しげに微笑んだ。
「なぜ、これが遺産なのか不思議でしょう。私には、何となくわかりますわ。

この顔ができてから、勘が良くなって……誰がいつ死ぬとか、いつどこで地震が起こるとか、わかるようになったんですの。中山さんは、この力で特別室に入れるほどの、財産を築いたのでしょうね……」
私は、何も答えられなかった。
きれいな正美おばさんに、こんな秘密があったなんて……。

「中山さんが、善意でこの遺産をくださったのか……それとも、別の意味があったのかはわかりません。でも、私はきっと、この力を有効に使ってみせますわ」
シーンと静まり返った部屋を、正美おばさんが見回した。
「さあ、次はどなたが話してくださるの?」


       (二話目に続く)