晦−つきこもり
>一話目(藤村正美)
>D5

ひどいですわね。
病気のお年寄りに、やさしくしてあげようとは思わないんですの?
あなたって、冷たい人。
私の親戚だなんて、とても信じられませんわ。
私は、もちろんいいましたとも。
「何をしろというんですか? お手伝いできることなら、なんでもいってください」

あのときの、中山さんの嬉しそうな顔ったら。
そして、彼女は私に頼み事をしてきたんです。
ここから逃がしてほしい…………と。
「もう、自分が長くないのはわかっているのよ。
せめて、死ぬときは自分の家で死にたいの」

すがるような目で、何度も何度も頭を下げてこられるんです。
私、なんだか悲しくなってしまって。
つい、わかりましたって、いってしまったんです。
中山さんは、大喜びでした。

「ありがとう、ありがとう。お礼に、私の持っている中で、一番の財産を贈るよ」
こんなことまで、いい出しましたわ。
でも、私はそれどころじゃありませんでした。

いくらなんでも、看護婦が病院から、患者さんを連れ出すわけにはいきません。
それからというもの、早く逃がしてくれという中山さんを、どう説得するかで月日が過ぎていきましたわ。

あるときは、緊急の患者が運び込まれて、病院内に人がたくさんいるから駄目だといったり……
別のときには、病院内で悪質の風邪が流行しているから、特別室から出てはいけないといったり……。

悪くいってしまえば、その場限りのごまかしですわね。
でも、そんなことがいつまでも続くはずありません。
もう限界だと思った頃に、中山さんは亡くなったんです。
最期の最期まで、家に戻りたいといっていたらしいですわ。

でも、仕方ありませんわよね。
中山さんが、ここまで生きられたのも、入院していたおかげでしょうし。
結果的に亡くなってしまったけれど、最善の結果ではないかしら。
ねえ、そう思うでしょう?

…………それなのに、中山さんは理解してくれないんですの。
それどころか、私を恨んで……こんなことを!
正美おばさんは、いきなりスーツの前を開いた。
ブラウスを押しのけるように、おばさんの体がうごめいている。

その胸元から見えるのは……人の顔?
いやらしく、にたにたと笑っている。
「体中に、この顔があるんですの。
中山さんは、自分が退院できなかったのは私のせいだと思っているんですわ!」
おばさんは、憎々しげに体を見下ろした。

「どうやったら、これが取れるのか……いろいろ調べましたわ。そうしたら、霊には霊をぶつけるのが一番だとわかりましたの。だから私、この集まりに参加したんですわ。この開かずの間で怪談話をしていれば、きっと何かが起こるはずです。うまく行けば、私の体も元通りになるかも……」

おばさんは、目の前の畳を見つめていた。
熱を持ったような視線に、畳が焦げるんじゃないかと思うほどだった。
シーンと静まり返った部屋を、不意に正美おばさんが見回した。
「さあ、次はどなたが話してくださるの?」


       (二話目に続く)