晦−つきこもり
>一話目(藤村正美)
>J3

私も、同感ですわ。
そもそも、資本主義って不平等ですものね。
やっぱり富は、みんなで平等にわけるものですわ。
そう思うでしょう?

そもそも、中山さんは私に、井戸のことを教えてくださったんですもの。
高野さんよりも、権利があると思いませんこと?

駆け寄って、高野さんを押しのけてしまったんですの。
いいえ、そんなに強くではありません。
ちょっと触れるくらいでしたわ。
でも、高野さんはよろめいたんです。
きっと、足場が悪かったんでしょうね。

私は空いたスペースを覗き込みました。
暗がりの中に、キラキラ光る物が何なのか、確かめようと思ったんです。
じっと目をこらすと、それは何か丸い物が、光を放っているのだとわかりました。

丸くて、平べったくて……規則正しく並んで、まるでウロコのように見えましたわ。
もっとよく見ようと、身を乗り出したとき。
重いフタをはねのけて、黒い大きなものが飛び出してきたんです!
それ以上、聞いていられなかった。
私は、思わず悲鳴をあげて、泰明さんにすがりついた。

「アハハ、葉子ちゃんは怖がりだな」
「ほんと、ばっかでー。葉子ネエ、本気で怖がってやんの」
泰明さんが笑うのはいいけど、良夫の馬鹿にいわれるのは腹が立つわ。
私は、ふくれっ面で体を起こした。

「でも、葉子ちゃんの気持ちもわかるな。今の話は、本当に真に迫っていたよ」

フォローしてくれるんだ。
やっぱり、泰明さんって優しい。
「それはどうも。でも、これは作り話ではないし、まだ終わってもいませんわ」
いいかけて、おばさんは細い手で頬を押さえた。

「いけない……乾燥してきたみたいですわ」
指の隙間から、ボロボロになった皮膚が見えた。
……違う、皮膚じゃないわ。
こってりと塗られたファンデーションが、乾いてはがれかけているんだわ。
そしてその下から、小さくびっしりと並んだウロコが見えた。

「嫌ですわ。せっかく、井戸から出てこられたというのに……」
冷たく目が光った。
ぞくっと、悪寒が走った。
作り話ではないのなら、黒いものが飛び出した後、正美おばさんはどうしたのかしら。

井戸に閉じ込められていた黒いものが、おばさんを捕まえたとしたら?
おばさんのふりをして、この国で暮らしていこうとしていたら?
今ここにいるのは、本当に正美おばさんなの!?

「どうしたのかしら、葉子ちゃん……」
おばさんが、肩に触れようとしてきた。
「いやっ!」
私は思わず、その手を払い除けてしまった。

すると。
「…………ぷっ」
正美おばさんが、吹き出した。
「すっかり本気にしてしまったんですわね。素直な葉子ちゃん」
おばさんは、楽しそうに笑い続けている。

キョトンとする私の目の前で、ウロコを引っ張ってみせる。
ぺりっと小さな音をさせ、ウロコのついた皮が、あっけなくはがれた。
「うふふ……こういうこともあろうかと、お夕飯に出た魚の皮を、もらっておいたんですわ。後は、厚めに塗ったファンデーションの下に隠して……うふふ」

な……なんて悪趣味なの。
正美おばさんって、こんな人だったんだ……。
私はあきれると同時に、少しホッとしていた。
おばさんが化け物じゃなくて、冗談もする普通の人だとわかったから。

一息ついて、次の話をしてもらう人が決まった。
その人が話し出そうとしたとき、一つの疑問が浮かんだ。

今日の夕食に、ウロコのついた魚なんて出たかしら?
それに、今日ここで怖い話をするなんて、急に決まったことだわ。
それなのに、正美おばさんはいつの間に、こんな手の込んだまねをしたんだろう。
でも、それを聞くヒマはなかった。
すぐに、次の話が始まってしまったからだ……。


       (二話目に続く)