晦−つきこもり
>一話目(前田良夫)
>A5

へえ、そうなんだ。
猫って可愛いよな。
俺は、動物なら何でも好きだけど。
だからドアを開けようとしたんだ。
でも、寸前で手を止めた。
待てよ……確か寝る前に、立川のおフクロが、猫を連れてったよなあ?

それなら、この中にいるのは猫じゃない?
嫌な感じがした。
俺は、部屋に戻ることにしたんだ。
何とか、夜明けまでは我慢できそうだったからな。
部屋に戻って、布団の上に座ったまま、朝を待ったよ。
もう、眠気なんて吹っ飛んでいたし。

長かったなあ。
たった何時間かが、あんなに長く感じたのは、初めてだったぜ。
この家に何かいるのは、もうわかっていた。
だから俺は、弱みを見せないように気を張っていたよ。

そして、永遠に続くかと思えた夜が、やっと明けてきたんだ。
雨戸の隙間から、わずかに光がさし込んできた。
俺はホッとして、肩の力を抜いたんだ。
そのとき、天井から声がした。

「……チェッ」
俺の上にいる何かが、舌打ちしている。
俺という獲物を逃して、残念がっているように。
全身の毛が、逆立った気がした。
「た……立川! 小坂!」
俺は、寝ている仲間を起こそうとした。

肩を揺すると、奴等は何の抵抗もなく、ぐらりと仰向けになったんだ。
うつろな目と切り裂かれたのどが、俺の目に入った。
いつの間にか、二人とも死んでいたんだ!
俺は廊下に転げ出て、大声で叫んだよ。

……二人の死体には、血が一滴も残っていなかったって。
布団もきれいなままだった。
きっと、天井の声がやったんだろう。
それでも足りなくて、俺も狙っていたんだ。
あれは、いったい何だったんだろう?

俺にわかるのは、立川の家にいたのが、「座敷わらし」
のようなものでは、絶対になかったということだけだぜ……。
これで、俺の話は終わりだ。
次は誰が話す?


       (二話目に続く)