晦−つきこもり
>一話目(前田良夫)
>B6

……そうか。
葉子ネエは怖がりのくせに、好奇心が強いよなあ。
じゃあ、話してやるよ。
ずーっと昔、この地方は、すごく深い山の中だったんだってさ。
冬になって雪が降ると、ふもとの里へも行けなくなるくらい。

遅い春が来て雪が溶けるまでの数ヵ月、人々は家に閉じこもって、貯えておいた食料を細々と食いつないでいたそうだぜ。
野菜が切れれば、木の皮をはいだり、藁を煮て食ったりしていたんだ。
でも、それじゃあ栄養が足りないよな。

肉とか魚とか、蛋白質っていうの?
ああいうものが不足してたんだって。
話は変わるけど、この近くに温泉があるじゃん。
あれって、何百年も前からあるんだって、知ってた?

昔から有名で、病人や怪我人が訪れてたって。
そういう人の中には、道に迷う人も多かったんだ。
吹雪にでも巻かれたら、よけいだったろうな。
道を見失って、凍死する人もいただろう。
だけど、何人かは村にたどり着いたらしいよ。

半死半生で、ぐったりして……。
そんな人を見て、村の奴等はどうしたのかな。
介抱して、とぼしい食料を食わせてやった?

残念でした。
神様からの贈り物だと思って、大事に分け合ったんだって。
道に迷った旅人は、村の人間にとって、貴重な蛋白質だったんだよ。
そうやって生き延びた村人は、犠牲者を「わらし様」
として、感謝の祈りを捧げていたそうだ。

……それを読んで、俺はいろんなことがわかったような気がしたぜ。
俺が見た女は、やっぱり、立川の家のわらし様だったんだ。
だから、奴の家を恨んでいて、ああやって出て来るんだろう。
そして自分がされたことを、毎晩繰り返し、立川に仕返しているんだよ。

立川の家は、わらし様に呪われていたんだ。
俺はそれから、奴の家に行かなくなった。
怖かったんだ。
奴の顔を見ると、血だらけの口で笑っていた、あの女の顔を思い出してさ。

今でも、立川は俺の友達だ。
だけど……あいつはきっと、大人になる前に死ぬよ。
そんな気がするんだ……。
俺の話は、これで終わり。
次は、もっと怖いやつを頼むぜ。


       (二話目に続く)