晦−つきこもり
>一話目(前田良夫)
>D5

俺は、足には自信がある。
だから走った。
ところが、目の前の廊下が、二手に別れているじゃないか。
「小坂、右だっ!」
俺は、とっさに叫んだよ。
少しだけ、右の廊下の方が明るかったからさ。

角を曲がると、目の前の雨戸が開いていた。
その向こうには、月光に照らされた庭が、広がっていたんだよ。
もちろん、飛び出した。
裸足で冷たい土を踏んで、俺たちは門に向かった。
もう少しというとき、すぐ後ろでシュウシュウという息づかいが聞こえたんだ。

とっさに振り向いた。
俺を捕まえようと、骸骨が地を蹴ったのが見えた。
「ひっ!!」
逃げようとしたら、足が滑った。
もう駄目だ!
俺は地面に転がった。

頭をかすめて、骸骨が俺を飛び越した。
そして、すぐ前を走っていた小坂の背に飛びついたんだ。
ショックで、小坂は前につんのめった。
板で封印された井戸に、手を突く。
腐った板が割れる、嫌な音がした。

小坂は骸骨を背負ったまま、井戸の中へ落ちてしまった。
「こ、小坂ーーーーっ!」
俺は井戸に駆け寄って、中を覗き込んだ。
……暗くて、よく見えない。
目を凝らそうとしたとき、井戸の深い闇の中から、骸骨の腕がにゅっと出た!

俺の腕をつかんで、引きずり込もうとする。
「た……すけてえ……っ!」
歯を食いしばって踏ん張っても、ズルズルと引き寄せられてしまう。
痛みと恐怖で、だんだん気が遠くなってきた。
俺は、どうせ死ぬんだ。
もう頑張っても仕方ないのかも……。

そう思ったとき、後ろから引っ張られた。
「何をしているんだ!」
その瞬間、井戸の中の腕は消えた。
反動で、俺は後ろの人間と一緒に、ひっくり返っちまった。
「危ないじゃないか。
どうしたんだ、こんな時間に」
見上げると、お巡りさんだった。

巡回中に、俺の悲鳴を聞きつけたんだって。
こんなことは、後で落ち着いてから聞いたんだけどさ。
あのときの俺は、井戸に小坂が落ちたって繰り返すだけだったからな。

夜明けを待って、大人たちが井戸をさらった。
でも、小坂の姿はなかったよ。
代わりに、古い骸骨が十体近くも出てきた。
何でも、二、三百年くらい前のものだったらしいぜ。

大騒ぎになって、テレビ局とかも来たから、葉子ネエも覚えてるんじゃないか?
何で、あんなところに骸骨が……って不思議がられてた。
理由なんて、俺にはわからないけどさ。
だけど、あいつは俺と小坂を、井戸に引きずり込もうとした。

骸骨たちの仲間にするつもりだったんだ。
もしかしたら、あの骸骨の中に、小坂も混じっていたのかもしれない。
俺も、危ないところだったんだ……。

たぶん俺、もう一生、井戸には近寄れないんだろうな。
……俺の話は終わりだぜ。
次は誰が話す?


       (二話目に続く)