晦−つきこもり
>一話目(前田良夫)
>H4

何だ、そりゃ。
葉子ネエって、変な奴だよなあ。
前から知ってたけど。
俺たちは、当然ジャンケンで決めたよ。
そしたら、俺が鬼になっちゃってさ。

「しょうがねえな、俺が鬼だよ」
そういったら、子供はキョトンとして、それから嬉しそうに笑ったよ。
「うん!」
俺はその場にしゃがんで、数を数え始めた。
立川や他の奴等が、クスクス笑いながら走り去るのがわかった。

十まで数えて顔を上げると、そこにまだ子供がいるんだ。
俺を見て、ニコニコしてる。
「何してるんだよ。逃げないと、捕まっちまうぞ」
「うん!」
素直にうなずいて走り出すんだけど、すぐに止まっちゃうんだ。
振り向いて、クスクス笑ってさ。

しょうがないから、わざとゆっくり走ってやったよ。
あいつは、きゃあきゃあ笑いながら逃げてたっけな。
立川たちも面白がって、はやしたてたりして。
子守なんてごめんだけどさ。
ま、たまにはいいかって感じ?
広い家を二周、追いかけてやった。

そろそろ疲れただろうと思って、肩を押さえようとしたんだ。

「ほい、捕まえた」
つかんだ肩は、異様に冷たかった。
夏の夕暮れだっていうのにさ。
俺がギクッと固くなると、あいつは振り向いた。
一瞬でも怖がったことが、恥ずかしくなるような笑顔だったよ。

「捕まっちゃった。
遊んでくれて、ありがとう」
そういって、あいつは消えたんだ。
庭から近づいてくる闇に、溶けてしまったのかと思った。
たった今まで、そこにいたはずなのに……。

「……わらし様だから、急に消えたのかな」
「きっとそうだわ。
あの子がわらし様なのよ」
みんな興奮して、口々に話し合った。
そこに、立川の家の人が帰ってきたんだ。
今の話をすると、その人はサッと顔色を変えた。

「わらし様と遊んだだって? しかも、鬼ごっこで……」
それっきり、黙り込んで震えてるんだよ。
俺たちが無理矢理聞いた話では、わらし様と鬼ごっこしちゃいけないらしいんだ。
わらし様が鬼になると、捕まえた人間を殺してしまうんだって。

俺たちが無事だったのは、たまたま俺が鬼になったからだっていわれたよ。
それを聞いたら、みんなどっと疲れが出ちゃってさ。
これ以上、わらし様のことを調べる気がなくなったんだ。
俺たちのグループ研究は、ずいぶんお粗末なものになったけどな。

たとえ成績が下がったって、生きてる方が百倍いいじゃん。
でも、わらし様はまだ、立川の家にいると思うよ。
興味があるなら、行ってみれば?
俺の話は、これでおしまい。
次に話すのは?


       (二話目に続く)