晦−つきこもり
>一話目(前田良夫)
>J3

へえ、そうなんだ。
精神年齢がガキな奴は、やっぱり子供と遊ぶのが、ちょうどいいんだな。
俺はもちろん、冗談じゃないって思った。
それなのに、立川がいうんだ。

「よし、かごめかごめにしようぜ」
「マジかよ、立川!」
「シッ! 馬鹿、相手はわらし様だぜ」
考えてみりゃあ、それもそうだ。
ここで気を悪くされたら、自由研究ができなくなる。
その子供がわらし様じゃないかっていうことは、薄々わかってたしな。

「かごめかごめ、やる!」
そいつは、嬉しそうにジャンプした。
俺たちはジャンケンして、誰が中に入るか決めた。
それで、班の女子の一人、咲野って奴になったんだ。
わらし様と俺たちは、咲野を囲んで手をつないだ。
恥ずかしかったぜ。

「後ろの正面、だーあれ?」
立ち止まったとき、しゃがんだ咲野の真後ろには、わらし様がいた。
楽しそうな顔で、笑うのを我慢しながらさ。

俺は目くばせして、笑うなよっていってやったよ。
でも、クックッてのどの奥を鳴らしちゃって。
馬鹿だよな、あんな声出したらばれちゃうのに。
咲野も同じことを考えたみたいで、少し笑った。
「うふふ……わらし様でしょ」
俺たちは、ワアッと笑い出した。

だけど、わらし様を見たとき、その笑いが急に途切れた。
半分閉じたまぶたの下から、瞳が冷たく光った。
横に大きく切り裂いたような、真っ赤な口が笑っている。
姿は子供のままなのに、なんだか急に大きくなったような……。

「……僕を、そんなものだと思っていたの?」
地の底から響くような声だったぜ。
わらし様……じゃなくて、そいつは咲野を見つめていた。
咲野は振り返らなかった。
振り返れなかったのかもしれないな。

「お姉ちゃん、外れたよ。僕はわらし様なんかじゃない。外した罰を、あげなきゃね」
そういって、そいつは咲野の背中に、指を突き立てたんだ。
小さな手は、何の抵抗もなく、手首まで咲野の体に潜り込んだぜ。

スッと抜き出した手のひらには、赤い心臓が載っていた。
まだ、どくどくと脈打っていたっけ。
「これからのお姉ちゃんは、ただの抜け殻だよ。本当のお姉ちゃんは、こうして僕が持っていっちゃうからね」
そいつは、クスクスと楽しそうに笑った。

そして、壁に向かって走り出したんだ。
ぶつかると思ったとき、奴は振り向いた。
「また、遊ぼうね!」
叫びながら、溶けるように壁の中に消えたんだ。
俺は動けなかったよ。
金縛りにあったみたいだったな。

しばらくして、立川の家は引っ越していった。
なんでも親父の転勤で、南の方へ行ったらしい。
先祖代々の家を売り払ってな。
たぶん、立川が例の子供のことを話したんだろう。
じゃなかったら、あの後、家族の人にも何かあったのかもしれない。

引っ越してから一度も手紙をくれないって事実が、あいつらのショックを現してるように思えるわけ。
……咲野は、まだ学校に通ってるよ。
よく笑う奴だったのに、あの事件以来、笑顔を見せないんだ。
いつもボーッとしているしさ。

あのとき心臓に見えたのが、本当の咲野だったとしたら……。
今のあいつは、いったい何なんだろうな?
……これで、俺の話は終わりだよ。
次の人は誰にする?


       (二話目に続く)