晦−つきこもり
>一話目(前田良夫)
>K3

何だよ、自分だってガキのくせに!
ちょっとくらい年上だからって、威張るなよな。
俺は当然、断ったよ。
「いきなり何だよ。
遊んでなんか、やらねえよ」
正体のわからない奴と、のんきに遊べるかよ。

「……やだ」
子供は上目遣いに俺を見て、小さな手を伸ばしてきた。
腕に触れられた途端、何か変な感じがしたんだ。
まあ、もう少しこいつに、優しくしてやってもいいかな……なんて。

よく見りゃあ、可愛いじゃないか。
俺も、弟がほしかったしさ。
「鬼ごっこ、かごめかごめ、何して遊ぶ?」
もう一度そういわれたら、素直に遊んでやる気になったんだよ。
一瞬、奇妙な笑顔を見たような気もするけど……。
とにかく俺たちは、鬼ごっこをすることにしたんだ。

俺は、そいつを指さしたよ。
「おまえが誘ったんだから、鬼はおまえだよ」
嫌がるかなと思ったんだ。
そいつと俺たちじゃあ、体格差がありすぎるからさ。
あんなチビに、捕まるような俺たちじゃないもんな。

だけど、そいつはうなずいた。
「うん。僕、鬼」
素直にしゃがんで、数を数えだすじゃないか。
「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ……」
俺たちは顔を見合わせて、それから駆け出した。

立川の家は、うちと同じか、それより広いくらいだからな。
家の中だけで、充分に追いかけっこができるんだ。
「むーっつ、ななーつ……」
声が、だんだん遠くなる。
あんまり差をつけると、泣き出すかもしれないな。
そうなったら面倒だ。
そう思って、俺は足を止めたんだ。

「ここーのーつ……」
さっきより、声が小さくなってる。
俺が耳を澄ました途端。
「とう!!」
高く澄んだ声が、家中に響いた。
同時にふすまや障子が、弾けたようにパーンと開いたんだ。
それも、手前から奥に順番に。

一番向こうの障子が開いて、そこにあの子供がいた。
「追いかけるよお」
そういって、俺に笑いかけてきた。
もう、さっきまでの無邪気な笑顔じゃない。
ギラギラと目を輝かせた、いやらしい表情で、こっちを見ているんだよ。

あいつは危険だ!
俺の中の何かが、叫んだような気がした。
俺は走り出した。
後ろから、甲高い笑い声が追いかけてくる。

あいつが飛ぶように走って来るんだ。
駄目だ、追いつかれる!
逃げ切れない。
へなへなと座り込む俺の目に、誰かの足が見えた。
見上げると立川だった。
目を見開いて、追ってくる子供を見てる。

「な、何だあいつ! 人間じゃないのか……」
いいかけた言葉が、途中で途切れた。
すさまじい勢いで飛びついてきた子供が、立川を押し倒したから。
鈍く、ゴキッという音が響いた。

立川の体に馬乗りになったまま、子供が俺に振り向いた。
「捕まえた。今度は、僕が逃げる番だよ」
笑ってるその顔には、立川の返り血が散っていたぜ。
奴は、何か丸いものを重そうに抱え、立ち上がった。
「僕を追いかけてね。捕まえたら、これを返すよ」

抱えた荷物を軽く叩く。
動きに合わせて、ビシャビシャと血が垂れる。
奴が抱えていたのは、立川の生首だったんだよ。
倒れている立川の体は、首から先がねじ切られていた。
奴はクスクス笑いながら、元来た方へ走っていった。

「今度は、お兄ちゃんが鬼だよ!」
嬉しそうに叫ぶと、仏間へ消えたんだ。
……俺は動けなかった。
出かけていた立川の家族が帰ってくるまで、ずっと座り込んでいたんだ。

警察も来て、大騒ぎになったけど、立川の首は見つからなかったよ。
当然だよな。
あの子供が持っていったんだから。
だけど、俺は怖いんだよ。
いつの日か、奴と立川の首を見つけてしまいそうでさ。

見つけたら奴は、きっと無邪気に笑うよ。
そして、いうんだ。
「じゃあ、次は僕が鬼だね」
その次に追われるのは…………たぶん、俺だからさ。

……俺の話は終わりだよ。
次に話すのは、誰なんだ?


       (二話目に続く)