晦−つきこもり
>二話目(真田泰明)
>S5

えっ、俺のほうがいい?
俺に主役をやってほしいって?
あ、ありがとう。
しかし、驚いたな、突然。
まあ、俺は制作側だからな、目立つのは嫌いなんだよ、ははっ。
なんか、頭が痛いな。
心配ないよ、ちょっと待ってくれ。

どうしたんだろう、泰明さん。
何か、頭を押さえている。
「泰明さん……」
私は心配になって、声をかけた。
しかし、何も返事がない。

部屋には沈黙が続いた。
「ひでえ野郎だったよな、あのプロデューサー」
突然、泰明さんが口を開いた。
何か、様子が変だ。
目つきは怖く、口調は荒い。
まるで別人のように。

俺はそのプロデューサーが大嫌いだ。
そいつ、片桐が気に入らないって、ぼやいててさ。
大した役者じゃないくせに、人気だけで大きな顔してさ、なんていってよ。

まあ、ここだけの話、その主役交代もさ、そのプロデューサーの策略だったんだよな。
それでスポンサーを巻き込んで、大掛かりな主役交代劇をやったってわけだ。
まあ、坂田としては、ほんと棚ぼたって感じだ。
しかし、片桐は災難だよな。

海のものとも、山のものともわからない若い役者に主役とられてさ。
その後、人間関係はぐちゃぐちゃだったよ。
片桐のプライドが許さなかったんだな。
彼の方が経験が長いし、演技力なんかは断然上だからな。
でも、いい気なもんさ。

「俺は片桐さんを推したんだけど、馬鹿なスポンサーのせいでしょうがない」
そのプロデューサー、そんなこといって坂田と争うように仕向けていたんだ。
それからもそんな調子で、片桐をたきつけてさ。
それで片桐は坂田を、殺してやる、とまで思ったらしいんだよ。

役者なんて、ドラマの中じゃ、毎週、人を殺しているぐらいだ。
そんな気持ちもすぐにわくんだろうな。
それともそのプロデューサーのいい方が巧みだったのか。
まあ、いけすかない奴だよ、あのプロデューサー……。
この撮影中のドラマにも、殺人のシーンがいくつもあってさ。

片桐は毒殺しようとするシーンを使って、坂田を殺そうと決意したんだ。
そう、事故を装ってね。
撮影現場なんか、人の出入りが激しいし、大道具、小道具が入り乱れている。
一番ごまかしやすいと思ったんだろう。

そのプロデューサーは片桐の殺意をさっしたんだな。
毒殺のシーンに登場する毒についてとか、入手方法とか、雑談を装い片桐に話していたよ。
それから、もっと詳しく知りたければ、小道具係の男が詳しいから、聞いてみろとまでいったんだ。
片桐は、ますますその気になったよ。

なんか問題があると、そのプロデューサーにさりげなく相談する。
そんな光景がしばしばあったぐらいだ。
その上、シナリオまでその計画の都合がいいように、変更するしまつだ。
しかしね、そのプロデューサーは、主役の坂田の方にも手を回していたんだよ。

「坂田さん、知っていますか。片桐さん、そうとう、あなたのこと、怨んでいますよ」
そんな感じで二人の対立をあおったんだ。
でもさ、そいつがうまいのはそのあおり方だよ。
二人は対立する役だったから、その私怨がドラマの中に巧みにいかされたしさ。

シナリオの変更も、この対立をより引き立てるものだったんだよな。
それに、毒を入れるシーンを最後の方にして撮影スケジュールを組んだり、芸が細かい奴だよ。
ほんと、いけすかないよな。
そして、そのシーンの当日になった。

「シーン68いきます」
片桐はあらかじめ用意しておいた毒を、撮影用の小道具とすりかえると、堂々とコーヒーに入れたんだ。
もちろん、ドラマでは相手に隠れて入れるシーンなんだけど。
迫真の演技さ、本当にそういう心境なんだから。

彼はコーヒーカップを坂田の前のテーブルに出した。
もちろん、毒入りだ。
二人は緊迫した会話を交わしている。
そして、坂田がコーヒーを飲むシーンだ。
坂田は手が少し震えているように見える。

そしてちょっと間をおいたが、坂田の奴はカップを口にした。
それを見ていたそのプロデューサーは、目を輝かせ、無気味な笑みを浮かべたんだ。

(これで二人とも終わりだ。主だったシーンは終わっている。後は編集でなんとかなるさ。多少、作品の質が落ちても話題性があがる。そして、彼の犯罪が確定するまえに、放送してしまえば……)
坂田はカップを床に落とした。

「ウギャー」
彼は奇声をあげ、胸を押さえ苦しみだした。
(ふふ、まさに迫真の演技だな………)
そのプロデューサーはそう思いながら、坂田が苦しむのを見ていた。
(二人は終わりだ……、ふふっ)
そしてそのプロデューサーは計画の成功を確信した。

坂田はぐったりして、動かなくなったんだ。
「カット! OKー!」
しかし、いや、予定通りというのかな、奴は起きあがってこなかったんだ。
そして、スタッフの一人が駆け寄ったんだよ。
「死、死んでいる……」
ロケ現場は大騒ぎになった。

そして、救急車が呼ばれ、坂田は運ばれたんだ。
まあ、無駄な努力だったけどね。
片桐の奴はさ、行方不明になって、何日か後、そのロケ地で死体で見つかったよ。

多分、自暴自棄になって自殺したんだろう。
まあ、あのプロデューサーの思う壺さ。
いっ、痛い、まだ、話が終わってないのに……。

泰明さんはまた頭を抱えだした。
「痛い、割れるように頭が痛い……」
そして何も喋らなくなった。
「泰明さん、泰明さん、大丈夫ですか……」
私は心配で声をかけた。

「……ごめん、今日はなんか調子悪いや。俺がプロデュースしたドラマの話をしようと思ったけど、また今度にしていいかな。ごめん、少しすれば治まるから。時々あるんだ、この頭痛……」
頭痛は治まってきているようだった。
今のはいったい、何だったんだろう。

話をしているときの泰明さんは、まるで別人のようだった。
確か、あのドラマは泰明さんがプロデュースしたはずだわ。
私は毎週、泰明さんのドラマを楽しみにしていたもの。
別人の泰明さんは他のプロデューサーの話をするといった。

それなのにいつもの泰明さんは自分がプロデュースする話をするつもりだったという。
……でも、きっと何かの冗談よね。

泰明さんならではの、ちょっと変わった演出に違いないわ。
……次の人の番ね。


       (三話目に続く)