晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>F3

「……田崎、帰ろうよ」
秋山君は、田崎君の袖を引っ張ったの。
「えっ、何だよ、ここまで来て」
「だってここ、私有地だろ? 勝手に入れないよ」
秋山君は、田崎君をつれて帰ろうとしたの。

でも、田崎君はなかなか引き下がらなかったのよ。
「あの子が持ち主かもしれないだろ? ちょっと話しかけるだけ」
そういって、私有地に入っていったの。
あのね、ヒナキちゃんって、本当にかわいいらしいわよ。

二人が私有地に入った時、ヒナキちゃんは青い服を花のように広げて寝転んでいたんだって。
「ねえ、君、ヒナキちゃん?」
田崎君が話しかけたけど、ヒナキちゃんは黙っていたわ。
要するに、無視したの。
「ちょっと……」

田崎君は、もう一度話しかけたの。
でも、ヒナキちゃんは黙ったまま。
「田崎、帰ろうってば」
秋山君は、田崎君の腕を引っ張ったの。
「ちょっ……秋山、何でそっちに行くんだよ」

草むらに寝転んだヒナキちゃんの姿が遠のいていく。
秋山君と田崎君は、私有地を後にしたの。
次の日。
田崎君の机は、たくさんのクラスメートに囲まれていたの。
「田崎、お前ヒナキちゃんってのに会ったのかよ?」

「まあな、なんか変な奴だったよ。
草むらに寝転んで」
秋山君も側にいたわよ。
それで、クラスメートの質問にあれこれ答えていたわけ。
「秋山、お前もヒナキちゃんと話したのか?」
「いや、僕は何も話してないよ」

「じゃあ、田崎は話したのか?」
秋山君は、田崎君をちらっと見たの。
「話しかけたけど無視されたよ」
田崎君は、眉をあげながらそういったの。

クラスメートの笑い声。
秋山君は、ちょっと困ったような顔になったわよ。
田崎君は笑っていたけど、心の底から笑ってはいないようだったから。
そして放課後、田崎君は一人で家に帰ってしまったの。

いつもは秋山君と一緒に帰っていたのにね。
……次の日。
田崎君は学校を休んだの。
(ヒナキちゃんの所に行ったんだろうか)
秋山君は考えたの。
ヒナキちゃんには、色々な悪い噂があってね。

秋山君達がヒナキちゃんに会おうとしたのは、半分肝試しのようなものだったんだもの。
心配になった秋山君は、又ヒナキちゃんの所に向かったの。
そうしたら……私有地には、いたのよ。
田崎君が。

田崎君は、ヒナキちゃんと花輪を作っていたの。
虚ろな目をしてね。
「……秋山君、こんにちは」
ヒナキちゃんは、すぐに秋山君に気付いてしまったの。

そして少し睨むような表情で、秋山君をじいっと見たのよ。
1.目をそらす
2.見つめ返す