晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>F6

秋山君は、すぐさま電気をつけてみたの。
すると、声はぴたりとやんだのよ。
「……おかしいな」
秋山君は、もう一度電気を消して寝ようとしたの。
「助けて!」

「助けて! 助けて……!」
又、響く声。
「う、うわっ……!」
秋山君は、電気をつけずに声がする方向に進んでみたの。
目覚まし時計を探るように、机の上にある声の元を掴んだのよ。
「うわあああーーーっ!!」

そして、それを思い切り壁に叩きつけたの。
声の元は壁に当たり、秋山君の所に跳ね返ってきたわ。
「痛っ!」
秋山君がそう思った瞬間、彼の視界が変わったの。
暗闇だった周りが、乳白色のような色に変わったんだもの。

真珠のような壁の部屋にいる感じだったの。
……声の元は、ヒナキちゃんに渡された貝だったのよ。
つまり、こういうことよ。
秋山君は、貝の中に取り込まれたの。
翌朝、秋山君がいないのを知って、母親は慌てたわ。

それでね、いつまでたっても現れない秋山君の、捜索願いが出されたの。
まあ、同じ頃に、田崎君の親も捜索願いを出していたんだけどね。
結局、二人は見つからなかったのよ。

「これ、何かしら」
秋山君の母親は、彼の部屋に落ちていた貝を見たけどねえ。
貝はしゃべりはしなかったの。
田崎君と秋山君とどこかの子供と……三人の魂が入り込んでいるはずなのにね。
秋山君の母親は、貝を捨ててしまったらしいわ。

だから、だれも知らないんじゃない?
今その貝が、どこにあるのかはね。
でね、結局、田崎君と秋山君は、家出じゃないかって報道されたの。
二人は、すごく仲がよかったからね。

家出して、何か事件に巻き込まれたのかもとか……いろいろいわれていたわ。
けれど、私は知っているのよ。
これがヒナキちゃんの仕業だってね。
だって私……その貝を持っているんだもの。

貝から、事情を聞いたんだもの……。
「……か、和子おばさん」
和子おばさんは悲しそうに微笑み、いきなり電気を消してしまった。
……誰かの手が、私に触れた。
「……葉子ちゃん」
ささやき声。

私の手に、小さな固いかたまりが触れた。
「この貝にはね、男の子三人の霊が入っているの。だから、寂しいんだって。
女の子のお友達も欲しいんだって。

ねえ、葉子ちゃん。
貝って、耳にあてると波の音がするっていうでしょ。
あれ、本当は波じゃなくて、自分の体を流れる血液の音だって知ってた?
この貝に最初に入った子はね、どこかの船が難破して、一人で誰も知らないような島に流れついた子供だったのよ。

その子はね、貝から波の音がする訳を、こんなふうに思っていたの。
ずっと波の音を聞き続けると、それがうつるんだって。
だからね、一人で貝に向かって、叫び続けていたのよ。
『助けて、助けて……!』ってね。

貝に『助けて』って言葉を録音して、海に流すつもりだったのね。
でも、そんなことできるわけがないじゃない。
少なくとも、その子が生きているうちはね。

その子は、助けて、助けてって叫びながら、死んでしまったのよ。
葉子ちゃん、この貝にはね、その子の怨念がこもっているの……」
次の瞬間、私の視界は白くなった。
真珠の壁の部屋にいる気持ち。

……な、なんで?
私、取り込まれたの?
か、和子おばさん……!
「助けて!」
私は、思わず叫んでいた。
客間にいたみんなが、ざわめく声がする。

貝が叫んでいるとかいっている。
和子おばさん、どうして……?
ヒナキちゃんに会いにいっちゃ駄目なんていっていたのに。
私のこと、心配してくれていたんじゃなかったの?
「ごめんね、葉子ちゃん。騙したりして……だって私、貝にいわれたのよ。女の子を連れてこなければ、良夫を犠牲にするって……」

そんな……!
「葉子ちゃん」
「葉子ちゃん」
「葉子ちゃん……」
貝の中で、男の子三人がバラバラに呟いた。
「た、助けて……!」
私は、何度も叫び続けた……。


すべては闇の中に…
              終