晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>H6

いつまでも、目をそらしているわけにはいかなかったのよ。
秋山君は、覚悟を決めて目線を戻したの。
そして、もう一度彼女の方に向き直った時……。
ヒナキちゃんはもう、いなくなっていたの。

秋山君は、いそいで私有地を見回したわよ。
でも、彼女の姿は見つけられなかったの。
「……田崎、今、ヒナキちゃんいたよな」
「………」
田崎君から、返事はなかったの。
彼は、一生懸命花輪を作るだけだったからね。

「田崎、田崎ってば!」
秋山君は、何回も田崎君に呼びかけたの。
でも、田崎君は花輪を作るだけよ。
こんなの、困るわよねえ。
……でね、ふと見ると、田崎君の足元には、小さなお墓があったのよ。

「なんだ?」
秋山君は、近くに寄って見てみたの。
するとお墓から、小さな赤ちゃんのような手が出てきたのよ。
そして、何かを探るような手つきをしてから、消えてしまったのよね。

お墓には、小さくこう書かれていたの。
餌を与えないでください……って。
「た、田崎……!」
秋山君は、思い切り田崎君を揺さぶったの。
餌って何だろう、そう思うと、背筋がすぼまる思いだったのよ。

なのに田崎君は、ブツブツいいながら、ただ花輪を作るだけなの。
それで、思わずその場を逃げだしてしまったわけ。
……次の日。
田崎君は、又学校を休んだのよ。

秋山君は、どうしようと思ったわよ。
私有地でぶつぶついいながら、花輪を作る田崎君の姿を思い出してね。
馬鹿よねえ、秋山君って。
それで又、私有地に行ってしまったんだから。

「秋山君、来たの?」
ヒナキちゃんは、冷たい声でそういったわ。
「昨日はどうしていなくなったんだ?」
秋山君の問いに、ヒナキちゃんは黙って笑い返したの。
そして、小さなお墓を指してこういったのよ。

「この中には、子供が埋まっているの。海で溺れて死んだ男の子」
急に何をいいだすんだろう。
秋山君は、そう思って眉をひそめたわよ。

「私、海で貝を拾ったの。知ってる? 貝って、耳にあてると海の音がするでしょ。でも、私の拾った貝は、人の声で叫んだの。だから私、ここにお墓を作って埋めたの。
貝を埋めたの」
ヒナキちゃんはそういって、私有地にあるお墓のそばに、秋山君を連れて行ったの。

小さなお墓には、奇麗な花輪がかかっていてね。
「これ、田崎君が作ってくれたのよ。私が貝の話をしたら、一生懸命に作ってくれたの」
ヒナキちゃんはそういうと、又蛇のような目つきで秋山君を睨みだしたの。

「でも、お墓の中の子、なかなか成仏しなかったのよ。道連れが欲しいっていって」
お墓の中から、手が出て来たわ。
今度は、小さな子供の手じゃなかったの。
「た、田崎……」
秋山君は直感したの。
田崎君が、犠牲になってしまったことをね。

ヒナキちゃんは、楽しそうに微笑んだわよ。
「私、約束したの。道連れを連れてきてあげるから、成仏してって。この子、しつこいんだもん。
だからここに、長くいてもらいたくないの」

「こ、ここに……田崎も埋まっているのか?」
脅える秋山君の声を聞くと、ヒナキちゃんは、嬉しそうに声をあげて笑ったの。

「そうよ。おかげで、子供は成仏してくれたわ。ねえ、田崎君の死体を持って帰ってくれない? 邪魔なんだもの。そうしたら、あなたは勘弁してあげる」
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