晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>N3

あら、猫ってかわいいのに。
私、すごく好きなんだけど……。
よく、犬とか猫とか連れて散歩している人、いるじゃない。
私、連れられている動物をつい撫でちゃうのよ。
ああいうの、弱いの。

かわいいんだもの。
でも、葉子ちゃんは違うのね。
猫って怪談によく出てくるから、怖いとか?
でも大丈夫、これは化け猫の話じゃないから。
……猫をあやすヒナキちゃんを見て、中沢君は怖くなって逃げ出したの。

すると、背後から声が聞こえてきたのよ。
「中沢君、どこに行くの?」
ヒナキちゃんは、少し首をかしげて中沢君をじっと見ていたの。
(名前なんか教えてないのに……)
中沢君は、一瞬驚いて立ち止まったわ。

「見て……」
ヒナキちゃんはそういうと、中沢君に近寄ってきたの。
中沢君が動けないでいると、ヒナキちゃんはにっこり笑って腕を差し出したのよ。
「……!」
ヒナキちゃんの手には、中沢君の小さな友達……動物のキーホルダーが握られていたの。

「あ、ありがと……」
中沢君は、震える手でキーホルダーを受け取ろうとしたの。
でもね、ヒナキちゃんはすぐさま手を引っ込めたのよ。
「中沢君、こういうの好き?」
なんていいながら。
「明後日はあの子と遊べない……」

ヒナキちゃんは、又変な歌をうたいだしたの。
「あの子がいなくなるからね……」
こんなの、いくら奇麗な声でも、長く聞いてはいられないわよ。
中沢君は、走って逃げたの。
動物のキーホルダーも取り返せずに。

ヒナキちゃんから離れても、まだその歌が耳に残っているような気分になりながらね。
……次の日。
中沢君は、重い足取りで学校に行ったの。
通学路が、私有地の側にも通っていたからよ。

もう、本当にドキドキしていたんじゃないかしら。
(一気に駆けてしまおう……)
……でも、私有地には、誰もいなかったの。
ただ、風だけが吹いていたのよ。
中沢君は、それからヒナキちゃんと会うことがなくてね。

キーホルダーを取り返すことはできなかったの。
そんなある日のことよ。
中沢君の頭の中に、何かが語りかけてきたの。
「ねえ……」
バイオリンをぎこちなく鳴らしたような、不自然な声だったって話よ。

もし霊の声があるなら、きっとこういう声だろうって感じね。
「ヒ、ヒナキちゃん……?」
すぐさま、ヒナキちゃんの名が中沢君の口をついて出たの。
「…………」
声は、その呼びかけには答えなかったわ。

そのかわり、突然こんなことを話しだしたのよ。
「ねえ、中沢君は、どのくらいまで生きようって思ってる?」
「どのくらいって……ずっと生きたいけど」
「……へえ、どうして? そんなに毎日楽しいの?」

「そういうわけでは……ないけど」
「ふうん」
頭に響く声は、そういったきり黙ってしまったの。
ねえ、あんたたち。
自殺って、考えたことある?
考えると、くせになるらしいわよ。

死んだらどうなるんだろうとか、残された人はどう思うんだろうとか。
だけど、そういうのって想像でしかないから。
あまりあれこれ考えても、しょうがないわよね。
考えすぎると、本当に死にたくなる場合があるというし。

「ねえ中沢君、キーホルダーのように、首をつってごらんよ。ぶらぶらして、楽しいんじゃない?」
それからは、中沢君の頭の中で、時々声が響くようになったの。
「…………」
でも、誰にもこれは話せなかったわ。

両親にもよ。
……無理ないわよねえ。
話したって、変人扱いされるのがオチだろうし。
だから、動物のキーホルダーをくれた友達にも話せないでいたの。
もらったキーホルダーを、なくしてしまったなんてこともいえないしね。

(もっといいことを喋ってくれればいいのに)
中沢君は、小さな友達……キーホルダーがついていないランドセルを見ながらそう考えたの。
相変わらず、学校ではずっと一人だったから。
毎日がつまらなかったのね。

だから、頭に声が響くと、なんだかドキドキして、いつもと違った日々のように思えていたのよ。
あまり心臓にはよくなかったけどね。
「ねえ、中沢君、キーホルダーみたいになろうよ」
「なんでそんなこというの? ……首吊りなんていやだよ」

「でも、いつまでそうしているつもり? 毎日つまらなそうだよ」
「ひどいな」
中沢君は、苦笑いしたの。
「中沢君のことが気にかかるからいっているんだよ」
「…………」

「中沢君のことを無視している人よりはましだと思うけど」
「…………」
このままではいけない。
そう思っても、なかなか解決法が見つからなかったの。
そんなある日、中沢君は耐えられなくなって、キーホルダーをくれた友達に電話してみたのよ。

そうしたら……この電話番号は、現在使用されておりません、なんて案内が流れてきたの。
もう、本当に誰にも相談できなかったわけ。
中沢君は、自分が一人であることを強く感じたの。
「中沢君、決心しなよ……」

頭に響く声。
「ねえ、ヒナキちゃん、どうして僕を殺したがるの?」
中沢君は、涙声でそういったの。
すると、響く声は、こんなことをいいだしたのよ。
「僕は、ヒナキちゃんじゃないよ」

「え、えっ……?」
「中沢君、僕の家に電話したけど、通じなかったろ? ……僕たち、事故に遭ったんだよ。家族全員、事故で死んでしまったんだよ」
「な……!」
「ねえ、中沢君。首を吊ろうよ。
そうしたら、あの世でも友達だよ……」

中沢君の頭に響いていた声は、キーホルダーをくれた友達のものだったの。
かつての友達がいうこととは思えないわよね。
でも、例えば今天災があって、自分が死んでしまうとするでしょ。

そうしたら、ここにいる皆が、いつも通りでいられるとは限らないんじゃないかしら。
暴れる人やうろたえる人。
きっといるわよね。
私だって大騒ぎするわよ、きっと。
やっぱり死って、人を変えてしまう力を持っているんじゃない?

ああ、ごめんね。
話が途中だったわね。
中沢君は、翌日私有地で発見されたの。
首を吊って、ぶらり、ぶらりと、キーホルダーのように揺れていたそうよ。
傍らには、青いセーラー服を着た女の子。

……ヒナキちゃんよ。
「中沢君、やっぱりこういうの好きだったんだ……」
ヒナキちゃんは、傍らでそう呟いたんだって。
ところで……しつこいようだけど、もう一度念を押させてもらうわ。

ヒナキちゃんのいる私有地を探したら駄目よ。
まあ、ここまで聞いたら、誰もそんなことしたいとは思わないだろうけど。
……どう?
1.当然、そんなことはしない
2.実は会ってみたい