晦−つきこもり
>二話目(山崎哲夫)
>C10

そうなんだよ。
自分は、風間旅館のことを話すことにしたんだ。

風間旅館のことを話せば、自分らがその旅館に泊まったことがあるって、わかってもらえると思ってな。
「じゃあ、風間旅館について話そう。風間旅館は、今にも崩れそうな建物で、よくいえば、由緒ある旅館って感じだ」

「ふん。それで」
「それで、そこには、温泉があるってパンフレットに書いてあったが、実は普通のお湯に入浴剤を入れただけの、インチキ温泉だ」
「なるほど。ほかには……」
「『豪華な食事』も売り文句の一つだったが、出てきた料理は、むちゃくちゃなメニューで、一見の価値あり」

「ほう。すごいね……」
「そこの主人は、少し変わった男で、とてもプライベートでは、付き合いたくない男だ」
「ふ〜ん。いいたいことは、それだけ?
もう言い残すことはないの?」

自分らが黙っていると、風間は顔色一つ変えずにこういったんだ。
「よくもそれだけの嘘を並べることができるね。とんでもない狸だ。
いっそのこと、殺してしまおう」

「………………………………」
「どうしたんだい。早く、撃ってしまいなよ」
そのときな、周りにいた男達の様子が、おかしかったんだ。
みんな顔を見合わせて、迷っているみたいだった。

「なにをためらっているんだい?
ここにいる人達は、僕のいうことを聞かない馬鹿者どもだ。それに、この風間様を馬鹿にするとんでもない奴らなんだよ。こんな奴らは、死んでしまって当然なんだ。
早く殺っちゃいなよ」
それを聞いて、自分は思ったんだ。

(今、この人達っていったぞ。やっぱり、風間は、自分らを狸に見立てて、狩りをしていたんだ!)
すると、男達の中の一人がいった。
「……風間さん。俺達、もう風間さんのいいなりになるのは嫌です」

「なにをいっているんだい?
僕のおかげで、今まで楽しくやってこれただろ?」
「………………………………」
「それに、人を撃ってみたいっていっていたから、今日だってこんな場面をつくってやったんじゃないか」

やっぱり、自分らをからかっていたんだ!
からかっていたなんてレベルじゃないよな。
本気で、自分らを殺そうとしたんだもんな。
自分は、風間という人間が、信じられなかったよ。

な、葉子ちゃんもそうだろ?
どう考えても、許せないよな。
それでな、その男はいったんだ。
「……確かに、風間さんには、いろいろと楽しい思いは、させてもらいましたよ。でも……」

「でも?」
「でも、もうあんたのいいなりになるのは嫌だ!!」
そういうとな、その男達は、銃口を風間に向けたんだ!
なにかを決心したような、力強さを感じさせる顔をしていた。

「……な、なんの冗談だよ。ここでやめるなら、まだ笑って許してやるよ。な、だからもう少し考えてみなよ。な? な?」
「知ってました?
みんなあんたのこと、嫌いだったんですよ」

一斉に銃が放たれた。
とても風間の方なんか見ることはできなかったよ。
あれだけの銃で撃たれたんだ。
とても人間の形をとどめているとは思えなかった。
自分らは後ろを向いて、ガタガタと震えていたよ。

「やあ、あんた達。迷惑をかけたな。許してくれ……。すべては、風間が仕組んだことなんだ。恨まないでくれよ」
その男は、本当に申し訳なさそうに、お辞儀をした。

「さ、先に帰ってくれ。俺達は、こいつの始末をして帰らなきゃならん。わかっているとは思うが、このことは、内緒だぜ」
自分らは、こくりと頷くと、急いで帰ったんだ。
風間旅館の前まで行ったときには、ドキドキしたよ。

ここの主人が、自分らの目の前で、銃殺されたんだ。
平静でいられるか、心配だったよ。
しかし……。
そんな心配なんか吹き飛ばすようなことが待っていたんだ。
旅館の玄関をくぐったときだった。

「おかえり。どうだった? 楽しかったかい?」
「!!」
そう、その声は紛れもなく、風間の声だったんだ。
自分らの目の前で、肉片と化してしまった風間が、そこにいたんだよ。

「どうしたんだい?
そんな驚いた顔をして……。なにか自分の顔についているかい?」
顔になにかついているどころじゃなかったよ。
自分らは、風間を見てみたんだ。

風間の顔には……数え切れないぐらいの銃痕がついていたんだ……。
……というのが、自分の話だ。


       (三話目に続く)