晦−つきこもり
>二話目(山崎哲夫)
>D9

おお、自分も同じことを考えたよ。
風間旅館のことを話せば、自分らがその旅館に泊まったことがあるって、わかってもらえると思ってな。
「じゃあ、風間旅館について話そう。風間旅館は、今にも崩れそうな建物で、よくいえば、由緒ある旅館って感じだ」

「ふん。それで」
「それで、そこには、温泉があるってパンフレットに書いてあったが、実は普通のお湯に入浴剤を入れただけの、インチキ温泉だ」
「なるほど。ほかには……」
「『豪華な食事』も売り文句の一つだったが、出てきた料理は、むちゃくちゃなメニューで、一見の価値あり」

「ほう。すごいね……」
「そこの主人は、少し変わった男で、とてもプライベートでは、付き合いたくない男だ」
「ふ〜ん。いいたいことは、それだけ?
もう言い残すことはないの?」

自分らが黙っていると、風間は顔色一つ変えずにこういったんだ。
「よくもそれだけの嘘を並べることができるね。とんでもない狸だ。
いっそのこと、殺してしまおう」

「待ってました!」
銃を構えた男達が、一斉に自分らに銃口を向けた!
「や、やめろ……」
「………………………………」
(あ、あれ……)
そうっと、目を開いてみてみたんだ。
するとな、自分らの前には、誰もいなくなっていたんだよ!

代わりにな、何十匹もの狸が、逃げていっていたんだ!
「な、なんだ!?」
狸達は、あっという間にいなくなってしまったよ。
自分は、その時、風間のいっていたことを思いだした。

『あの森には、得体の知れない力を持った狸がいる』っていっていたのをな。
自分らは、狸に化かされたんだ。
これ以上、この森にいると、またなにをされるかわからない。
自分らは、急いで旅館に帰ったんだ。

しかし……。
驚いたことにな、旅館に戻ってみると、自分らの部屋がなくなっていたんだよ。
いや、物理的になくなっていたわけではない。
旅館自体は、きちんとあるんだがな。

自分らは前の晩、そこに泊まっていないことになっていたんだよ。
いくら調べてもらっても、宿帳にも載っていないんだ。
そして、風間という主人を呼んでくれといったらな。
そんな人は、この旅館には勤めていないというんだよ。

自分らは、どうしようもなくてな。
仕方がなくそのまま帰ったんだ……。
葉子ちゃん、信じられるかい?
自分らは、いったいいつから化かされていたんだろう。
確かに、あの旅館には泊まったし、風間という男とも話した。
でも、そんな男はいないし、泊まった記録もない。

自分はな、今でも思い出すと、いやな気分になるんだよ。
自分は、あのとき、どこでなにをしていたのかな?
考えただけでも、ぞっとするよ。
じゃあ、葉子ちゃん。
自分の話は、終わりだ。
次の人を頼むよ。


       (三話目に続く)