晦−つきこもり
>二話目(山崎哲夫)
>F8

逃げる!
自分らも、きびすを返して、逃げ出したんだ。
近くの樹の幹がはじけた。
弾が当たったんだ。
すぐそばにいた奴が、情けない悲鳴を上げた。
「こっちだ!」
自分らは、大きな木の陰に飛び込んだ!

「おっと、お客さんだ……」
「!!」
そこには、待ちかまえた風間が立っていた!
すぐに引き返そうとしたんだが、後ろにはさっきのごつい男が銃を向けて道をふさいでいた。
もう逃げられない!

自分らに残された道は、風間を説得することだけだ!
自分らは、必死に風間に話しかけたんだ。
自分らは、人間なんだって。
でも、風間は狸がしゃべったと騒ぐばかりで、いっこうに話が通じないんだよ。
自分の後ろに回り込んできたさっきの男も驚いたような声でな。

しゃべる狸がいるなんて!
とかいって、目を丸くして自分らを見るんだよ。
本当に、自分らが狸に見えているのか!?
自分らは、絶望感に襲われた。
どうしてこんな目にあわなければならないんだ!

そう思っていると、風間がいうんだよ。
『自分のところの客が森に行くというから様子を見に来たら、こんな狸がいるとはな』ってな。
「自分らがおまえの旅館に泊まっている客じゃないか!」
自分は、いらだちとともに、吐き捨てるようにいってやった。

それを聞いた風間は、こういったんだ。
こいつら、自分の話を聞いて話を合わせている!
悪賢い狸は殺してしまえってな!
男達はこくりと頷いて、自分らに銃口を向けた!!

「!!」
………………………………。
………………………………。
………………………………。
「撃たれちゃったの?
哲夫おじさん!」
ああ、そうなんだよ、葉子ちゃん。
確かに、あのとき撃たれたと思ったんだ。

でも……。
気がつくと、自分らは、森の入り口のところで倒れていたんだ!
信じられるかい?
一瞬のうちにだぞ!!
それにな、体のどこを見ても、撃たれたあとなんてなかったんだ。

仲間のみんなも大丈夫だった。
(さっきの出来事は、なんだったんだ……)
仲間のみんなも、そう思ったに違いない。
だって、信じられないもんな。
葉子ちゃんだって、信じられないだろ?

自分だって信じられないんだから。
それでな、自分らは、おそるおそる旅館に帰ったんだ。
あんな目にあったからな、風間に会いたくなかったんだがな。
でも、荷物があるから、仕方がない。

風間に見つからないようにしなければと思っていたんだ。
でもな、いたんだよ、玄関に。
あいつ、自分らのことを待ち伏せでもしてるのか?
そんな気さえしたよ。
まさか、裏口から入るなんてできないからな。

どうしようかと話し合っていたんだ。
そうこうしていると、見つかってしまった。
「やあ、おかえり。どうしたんだい?
そんなところで話したりして。部屋でゆっくりしたらいいのに」

そういって、風間は奥へと入っていってしまったんだ。
(風間は、さっきのことを覚えていないのか!?
じゃあ、あれは……夢?)
それとも、狸にでも化かされたのかな。
どう思う? 葉子ちゃん。

結局、あのあと帰るまで何事もなかったんだ。
自分らが、体験したこと……。
本当になんだったんだろうね。
不思議でしょうがないよ。
それじゃあ、自分の話は終わり。
じゃあ、次の人。


       (三話目に続く)