晦−つきこもり
>二話目(山崎哲夫)
>K6

まあ、食べたことは、食べたんだがな。
その食べ方だ。
まるで、何日も何も食べていなかったみたいにな、がっつくように食べていたんだよ。
食べ終わると、もっとくれといっているみたいに自分らを眺めていたんだ。

自分は、もう一つあげてみた。
すると、またがつがつと食べるんだよ。
その食べ方といったら……。
食べ終わると、また自分を見るんだ。
自分は、何だかその狸に脅迫されている気分だったよ!

よだれをたらした狸が、早くくれ、早くくれといっているみたいに、自分の膝の上に足を乗せて、身を乗り出してくるんだ!
自分は、どんどんとテーブルの上に並んでいる料理を狸に与え続けた。
狸は、それをどんどんと食べ続ける!

そして、とうとうテーブルの上の料理は、何もなくなってしまったんだ!!
ほとんど手をつけていない、四人分の料理をだぞ。
それを狸一匹で食べてしまったんだよ。
それでもな、その狸は、よだれを垂らして自分に迫ってくるんだ!

その時の自分は、何かに脅迫されている気がしてな。
何かを与えなければならないって、気がしてならなかったんだ!
でも、もう与える物は何もない!!
気が付くとな、自分は無意識のうちに自分の手を狸に差し出していたんだ!

狸は、自分の中指に噛みついていた。
いくらふりほどこうとしてもな、その狸はしっかりと噛みついていて、離してくれないんだよ。
自分は、腕を振り回しながら、暴れ回ったんだ。
手を思いっきり振り回した瞬間!

狸は、自分の指から放れて、壁に向かって飛んでいった。
ようやく、狸を引き剥がすことができたんだ。
狸に噛みつかれた右手が熱くてたまらなかった。
そして、傷口を押さえた時に気がついたんだ!

自分の中指がなくなっていることに!!
狸は自分の中指を食いちぎっていたんだよ!
狸を見てみると、自分の中指を必死になってかみ砕こうとしていた。
自分の中指の骨と狸の歯がこすれ合って、ごりごりと嫌な音をさせていた。

狸の口にくわえられている物が、自分の中指だと思うと……。
もう自分は、気を失う寸前だったよ。
わかるかい、葉子ちゃん。
狸はとうとう自分の中指を食べてしまった。
それで味をしめたのか、狸は口の周りを舌でなめ回してな。

自分の方をじっと見るんだよ。
その口からは、血が混じったよだれをたらしてな。
自分は、身の危険を感じた。
狸に食べられる!
そう思ったときだ。
狸は、自分めがけて飛びついてきたんだ!

「うわぁっ!」
誰かが部屋に入ってきたと思った瞬間だった。
狸は、すっと消えていなくなってしまっていたんだ!
「どうしたんだい?
騒いでいたみたいだけど……」
そこには、風間が立っていた。
自分は、部屋の様子を見てみて驚いたよ。

テーブルの上に乗っていた料理は、手つかずのまま残っていた。
おまけに自分の中指も、ちゃんとつながっていたんだ。
自分らは、狸にでも化かされた気分だったよ。
いや、実際に化かされたのかもしれない。

風間は、ほかのお客さんの迷惑になるから、大きな声を出さないでくれといって出ていったよ。
自分らは、それどころじゃなかったがな。
あの狸は、何だったんだろうな。
その後、気持ちが悪くてな。

とてもテーブルに並んだ料理なんか、食べることができなかったよ。
そんなことがあったんだ。
信じられるかい?
葉子ちゃん!

あれは、夢なんかじゃないんだ。
ここを見てみなよ。
自分の中指の付け根。
ここに傷が残っているだろう?
狸にかまれた傷が。
それに、よく見てごらん、葉子ちゃん。
中指が少し曲がってくっついているだろう?

どうしてこんなになってしまったのかは、わからない。
あの時、本当に狸に食いちぎられてしまっていたのかもしれない。
もし、あの時風間が入ってこなかったら……。
自分は、あの狸に食べられていたのかもしれないな。

今でも、耳に残っているよ。
あの狸が自分の中指をかみ砕いているごりごりっていう音。
思い出しただけで、鳥肌が立ってしまうよ。
この辺も、狸がたくさんいるんだろうな。
葉子ちゃん、気をつけなよ、狸には。

葉子ちゃんは、小柄だからぺろりと食べられてしまうぞ。
がっはっはっはっは。
それじゃ、これで終わりだ。
次の人の話を聞こう。


       (三話目に続く)