晦−つきこもり
>二話目(山崎哲夫)
>M9

やっぱり?
葉子ちゃんもそう思う?
いやぁー、自分もそうじゃないかと思ってたんだよ。
しかし、狸が人を化かすって、ほんとのことなんだな。
驚いたよ。
和子姉さんは、そんな話は聞いたことないですか?

狸に化かされた人の話……。
哲夫おじさんの興味は、すっかり狸に移ってしまったみたいだわ。
まだ、話をしていない人がたくさんいるのに……。
このままでは、せっかくの怖い話が、狸の話になってしまいそう。

「ねぇ、哲夫おじさん」
「なんだい? 良夫君」
良夫……、頼むから、哲夫おじさんの興味をほかに移して……。

「哲夫おじさんって、狸が人を化かすって、本当に信じているの?
ばっかでぇーー」
こら、そうじゃないじゃない!
バカ良夫!
「いい年して、いまだにそんなことを信じているなんて、たぶん日本でただ一人だよ、哲夫おじさん」

「ほぅ、良夫君は、自分がバカだというのかね……」
「うん!」
もうーーーーっ!
それじゃ、哲夫おじさんが怒っちゃうじゃない!
ほら、哲夫おじさん、黙ってる……。

「がっはっはっはっはっはっは!
そうか、そうか。いやぁ、気に入ったよ、良夫君」
よかった……。
哲夫おじさんは、怒ってないみたい。

「よし、良夫君に面白いものを見せてあげよう。この葉っぱを、こうしてだな……」
……哲夫おじさんったら、本当の狸みたい。
頭に葉っぱなんかのせて、どうするつもりかしら。
「いいかい、良夫君。よ〜く見てるんだぞ……」
………………………………。

「えいっ!」
え!?
なに? どうしたの?
「あらやだ、哲夫さんが消えてしまったわ……」
和子おばさんやみんなも、見たんだわ。
哲夫おじさんが消えてしまったところを!

みんな口を開けたまま、呆然としてる……。
でも、どうして……。
哲夫おじさんは、どこに行ってしまったの?
さっきまで座っていたところには、さっきの葉っぱが落ちているだけ……。

「いやぁ、ごめんごめん。しぶといやつで、なかなか終わらなかったよ。ふだんは、もっと快便なんだけどな」
「哲夫おじさん!」
「どうしたんだい? みんな。そんなに驚いた顔をして……」

「哲夫おじさん、どうやって消えたのか、教えてよ!
俺にもできれば、学校でヒーローになれるよ!」
「はぁ?」
哲夫おじさん、何だか意味がわかってないみたい。
「だって、哲夫おじさん、今ぱっと消えたじゃん!」

「自分は、ずっと便所にいたぞ」
じゃあ、さっきまでいた哲夫おじさんはなんだったの……。
確かにそこにいたのに。
もしかして、私たちは狸に化かされたの?
本当に狸って、人を化かすの?

それとも、この部屋に出るっていう幽霊?
夜は、静かに更けていきます。


       (三話目に続く)