晦−つきこもり
>二話目(鈴木由香里)
>K10

バラバラっていうのも、間違いじゃないんだけどさぁ。
何ていうんだろう。
屍骸には、明らかに食い散らかされた跡があったんだ。
骨と皮の部分が、わずかに残ってるだけ。
粉々に砕けた骨の破片が、大型の獣に襲われたことを、はっきりと物語ってた。

もし、そんな狂暴な獣が屋敷の周辺を徘徊してるんなら、人間だって安全とはいえないじゃん!
だけど、どんなに私が騒ぎ立てても、大人たちは笑うだけで、ちっとも取り合ってくれなかった。
私は、釈然としない気持ちを抱いたまま、数日を過ごしたさ。

だけど、ついに、その理由がわかる時が来たんだ。
それは変に蒸し暑い夜のこと。
私は、寝苦しさに、何度も寝返りをうってた。
夕方に遊んでた花火の煙が、髪やパジャマに染み付いてて、火薬臭かったのも理由の一つだったんだけど。

「……!?」
ふいに、私の寝てる部屋のすぐ外で、グルルルって低く唸る、獣の声を聞いたんだ。
気のせいかと思って、耳を澄ますと、やっぱり、低い押し殺したような唸り声が聞こえるのさ。
(あの、猫を襲ったやつだろうか……?)

そんな危険なものが、窓一枚、挟んだ向こう側に!?
日本家屋だからさぁ、窓っていったって、ガラスも入ってない障子のことだよ。
蒸し暑いからって、雨戸も開けたままだった。
外にいるのが、おとなしい犬だったとしても、部屋に入って来るのは簡単だったのさ。

(どうしよう……?)
その時、また窓の外で、獣の鳴き声がしたんだ。
微かにだけど、遠吠えまで聞こえてくる。
どうやら、獣は複数で行動してるみたい。
(追い払うだけでも!)

私は、とっさに部屋の隅に置いてあった蚊取り線香を取ると、こっそり残しておいた花火に火を付けたんだ。
そして、いっきに窓を開け、外へ投げる。
もちろん、窓はすぐ閉めたさ。
「ギャウウウウーン。ギャン!」

辺りは、獣の悲鳴が響き渡った。
その悲鳴を縫って、シュルシュルシュルっていう花火の音が聞こえる。
私が投げたのは、ネズミ花火だったんだ。
ネズミ花火は、ひとしきり火を吹き出して暴れると、パン! と音を上げて静かになったよ。

障子越しでも、それくらいの様子はわかるって。
後には、獣の鳴き声どころか、物音一つしない静寂がやってきたよ。
それでも、私は安心できなくってさぁ、外が明るくなるまで、部屋の隅でじっとしてたんだ。

……やがて、夜が明けて。
私は、恐る恐る障子を開けて外を見たんだ。
そこには、花火の残骸と、焼けた獣の毛がパラパラと落ちてるだけ。
屍骸らしき物は転がってなかった。

まぁ、花火で殺せるなんて思ってなかったからさ。
とりあえず、狂暴な獣は追い払うことができたみたいだったから、一安心。
私は、やっと眠れたんだ。
「由香里さん、由香里さん」
誰かが、私を揺り起こすんだって。

(うるさいなぁ。人が気持ち良く寝てるっていうのに)
「由香里さん、起きなさい」
(わかったわよ、もう!)
私は、重いまぶたをこすりながら起き上がったよ。
私の目の前には、かっちゃんのお母さんが立ってた。

(あれ……? いつのまに怪我したんだろう?)
彼女は、顔に包帯を捲いてたんだ。
「由香里さん、悪いんだけど、今日で契約終了させていただきたいの。昨夜、ちょっと、ぼや騒ぎがあってね……」

かっちゃんのお母さんは、そういいながら、私にバイト代の入った封筒を手渡した。
「はぁ……」
私は、突然の話についていけず、ただうなずいてたよ。
とにかく、私は荷物をまとめると、追い出されるように屋敷を後にしたんだ。

屋敷の人たちも『ぼや騒ぎ』とやらで火傷を負ったのか、みんな身体のあちこちに包帯を捲き、敵を見るような目で私を見送ってたよ。
かっちゃんにいたっては、もう、私の顔を見ると泣き出して大変!

いったい、私が何をしたっていうのか……。
ねぇ!?
まったく、変な家だったよ。
みんな、毛深くてさぁ。
バイト代を受け取る時に見た、かっちゃんのお母さんの手なんて、女の人の手には見えなかったし。

夜になると、目は光ってたし。
そうそう、みんな猫舌でさぁ。
お茶も味噌汁も、全部、冷たくなってからじゃないと飲まないんだよ。
あの屋敷の人たちこそ、獣だったのかも……。
なーんてね。

そんなこと、あるわけないか?
1.あると思う
2.ないと思う