晦−つきこもり
>二話目(鈴木由香里)
>Y2

別の話……?
そうだなぁ、じゃあ短い話を一つしようかな。
……これは、私の高校時代の男友達から聞いた話なんだけどさぁ。
そいつ、高校卒業と同時に一人暮らしを始めるんだって、あちこちの物件を探して歩いてたんだ。

両親との折り合いが悪く、仕送りが望めないからって、安い物件を探してたんだよ。
そして、一軒の不動産屋で紹介されたのが、ある格安のアパートだった。
一階だったけど、そんなに古い建物でもなかったし、立地条件もいい方だったから、彼は即決したようだよ。

でもさぁ、そういう安い物件って、たいがい何かしらの、いわくがあるもんじゃん。
前の住人が自殺したとか、殺人事件の現場だったとか、以前は墓場だったとか、彼も、気にはしてたらしいんだ。
それでも、決断したっていうんだから、

『背に腹は代えられぬ』
って、とこじゃん?
引っ越しは、滞りなく進んだよ。
私も手伝いに行ったんだけどさぁ、そのアパートは、何だかおかしな空間に建ってた。
どういったらいいのかなぁ。

こう、空間自体が歪んでるっていうのか……。
魚眼レンズで覗いてるみたいな感じ。
彼の部屋は、通り沿いにあったんだけどさ。
アパート自体が、道路よりもやや高い所に建ってたんで、部屋の玄関までは、短い階段を上らなきゃいけなかったんだ。

鉄板でできた階段で、ちょうど六段あったよ。
カツーン、カツーンって足音の響くやつさ。
荷物らしい荷物もなかったから、引っ越しは一日で片付いてしまったんだ。
その日は、近所のカラオケボックスで騒いだ後、おひらき。

手伝いに来てた人も、それぞれの家に帰ってった。
もちろん、彼も自分の新居に戻ったよ。
疲れもあって、その日は、何もせずに眠ってしまったんだって。
どれくらい眠ってたのか……。
彼は、カツーンという物音で目を覚ましたんだ。

例の階段を上る音だよ。
足音は一回響いたっきり。
つまり、一段上っただけってこと。
そして幼い子供の声が、やけにはっきりと聞こえたんだって。
「ひとーつ」
ってさ。

その日の彼は、あんまりにも疲れてたからさ、深く考えずに、また眠っちゃったんだ。
次に目が覚めた時には、もうすっかり夢だと思い込んでた。
でも、それが夢じゃなかったっていうのは、すぐに判明したんだ。

その日の夜も、階段を上る足音と、子供の声が聞こえたからね。
「ふたーつ」
って。
さすがに彼も、気味悪く思ったらしいんだけど、特に実害がなかったから、放っておいたんだって。

今、思えば、この時に何らかの手をうっておけばって感じなんだけどさぁ。
この、奇妙な足音と、子供の声は毎晩、欠かさず続いたのさ。
私がこの話を聞いたのが、ちょうど彼が、
「いつーつ」

って声を聞いた、翌朝だったよ。
彼がいうには、その声の主は、どうやら彼の部屋へと近付いて来てるんだってさ。
六日目の晩には、
「むーっつ、もうすぐだよ」
って、声が……。

もう、階段は残ってなかった。
「明日の夜には、声の主が、この部屋の前にいるのかなぁ」
そんな、電話をもらったんだ。
「そんな部屋、出ちゃえば?」
別に、信じてないわけじゃなかったんだけど、私は、軽ーいアドバイスしかしなかったんだ。

それでも、私のアドバイスの通りにしてれば、状況は変わってたと思うよ。
彼は、部屋を変わろうとはしなかったんだ。
得体の知れない物に対する恐怖よりも、お金が無いっていう現実の方が怖かったのさ。

七日目の夜、何が起こったのかは、結局わかんないんだ。
次の朝、彼の部屋に行った時には、もう、彼は冷たくなってたからね。
布団の中で、眠るように死んでたよ。
本当に、何があったんだろうね。

彼の死後も、その部屋は貸し出されてたけど、やっぱり住人の入れ替わりが激しいんだって。
だいたい、三日目か四日目には、引っ越して行っちゃうんだってさ。
その方が賢いよ。
七日目の夜が来ると、二度と朝を迎えられなくなっちゃうからね。

安すぎる物には、気を付けろってことさ。
私の話は、これで終わり。
短くって悪いね。
じゃ、次に行こうか。


       (三話目に続く)