晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>F5

葉子ちゃんって、さめているんですのね。
真壁さんの愛は、本物だったと思いますわよ。
だって、バランスを崩しても、彼女の手を離さなかったんですもの。
そう、河合さんを助けることはできなかったんです。

それどころか、二人とも落ちてしまったんですわ。
悲鳴と物音を聞きつけて、人々が集まってきました。
病院の中庭に、抱き合う形で、二人は倒れていたんですわ。
もう死んでいるだろう……と、誰もが思いました。

でも、実は生きていたのです。
河合さんは駄目でしたが、真壁さんは息があったんです。
場所が病院でしたから、急いで治療をしました。
その甲斐あって、後遺症もなく、無事退院できたんですわ。
でも……気になることがあるんですの。

退院の日、真壁さんが一人で屋上を見上げていたんです。
何気なく近づいた私は、意外な言葉を聞いたのですわ。
「さよなら……ありがとう、真壁さん」
彼は確かに、そうつぶやいたんです。

そしてもう一つ。
退院したあと、真壁さんはバレエ団に入ったそうです。
それまでは、全然興味も示さなかったというのにね。
しかも、入団そうそう頭角を現して、この夏の公演では主役を演じるとか。

いくら才能があっても、そんなに簡単にうまくなるものなのでしょうか?
体の中に、別の人格と記憶が残っていれば、話は変わってくると思いますけれど。
例えば、河合さんとか、あるいは足の霊とか……。

あら、変なことをいってしまいましたわね。
単なる冗談ですわ……うふふ。
私の話は終わりですわ。
さあ、次の方に話してもらいましょうよ。


       (三話目に続く)