晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>N5

あなたって、のんきな性格ですのね。
うらやましいですわ。
あら、本気でいっていますのよ。
吉村先生は、葉子ちゃんのようには考えなかったんですの。
足音は、自分を追いかけていると信じてしまったんですわ。

だから、あわてて足を速めました。
ところが、その先は行き止まりだったのです。
鉄製ドアが一つ、非常口のライトに、ボンヤリと照らし出されていました。
先生は、もちろん、そのドアを押し開けましたわ。

ドアの向こうには、何もありませんでした。
暗い空間が広がる真下には、町並みが見えているんです。
「そんな馬鹿な!」
先生は叫びました。
非常階段がないなんて?
ドアだけが、ポッカリと開けられているなんて!?

そんな中途半端な工事を、この病院が許すはずがない。
じゃあ、このドアは……。
そこまで考えたとき、誰かが背中を突き飛ばしました。
吉村先生は、夜の闇の中へ、体ごと飛び出してしまったのです。
一瞬、非常口に立っている一対の足が見えたような気がしました。

けれど確認する間もなく、先生は地面に叩きつけられて亡くなったのですわ。
次の日、病院は大騒ぎになりました。
勤務中の医師が、飛び降り自殺を図るなんて。

…………そうなんですの。
吉村先生は、屋上から発作的に飛び降りたんだろうといわれました。
だって、先生の開けたはずの非常扉なんて、存在していないんですもの。
先生は興奮していて、気づかなかったんでしょうね。

あの廊下の端に、非常口なんてなかったということに。
なぜ、あのときだけドアが現れたのかは、わかりません。
きっと、誰にもわからないでしょう。
ただ、吉村先生が亡くなったあと、廊下を歩き回る足音が二人分に増えたそうですわ。

吉村先生なのか、まねをしに来た別の霊なのかは、知りませんけれど。
私の話は、これで終わりですわ。
次の方、お願いしますわね。


       (三話目に続く)