晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>O3

思わない……そう、そうですの。
入院中の河合さんが、どうにかして駅まで行ったというんですのね。
まったくもって、馬鹿馬鹿しい話ですわ。
でも、世の中には、そういう馬鹿げた話が好きな人も多いんですわね。

いつの間にか、うちの病院に、変な噂が流れるようになったんですの。
病院内に、裸足の足の霊が出るという噂。
足場の悪い椅子や、脚立の上に乗っている人が、何かに突き飛ばされるんですって。

振り向いても誰もいないのに、背中には裸足の足跡がついているというんですわ。
初めは、悪い冗談だと思っていました。
ところが、そのうちガラスふきで、ゴンドラに乗っていた清掃の方が、誰かに突き落とされかける……という事件があったのです。

こうなるともう、冗談ではすみませんわ。
だって、病院から出れば安全というわけじゃありませんもの。
そもそも、上杉さんの事件だって、駅のホームで起きたわけですしね。
階段や、マンションの窓や……あらゆる場所が危険ですわ。

何者のせいかはわかりません。
だから、防ぎようもないんですわね。
いつかは私も、どこかから突き落とされてしまうかもしれませんわ。
死ぬのは嫌だから、誰かを身代わりにしようかと思ったりもしているんですけれど。

……あら、そんな顔しないでくださいな。
冗談ですわよ、冗談。
うふふふ……。
私の話は、これで終わりですわ。
次は、どなたかしら?


       (三話目に続く)