晦−つきこもり
>二話目(前田良夫)
>E10

ばっかだなあ、葉子ネエ。
謝って、どうにかなるのかよ。
大体、相手には頭がないんだぞ。
耳だってないんだから、謝ったって、聞こえるもんか。
それに、そんなヒマなかったよ。

俺が転んだショックで、ボートの中の、古いクーラーボックスのフタが壊れたんだ。
中から何かが転げ出た。
転がって、俺の腕に当たったのは、スパナだった。
一か八か、これで殴りかかってみるか?

俺はスパナを握りしめた。
タイミングを合わせて、体ごとぶつかるんだ。
俺は呼吸を合わせた。
奴が近づいてくる。
今だ!
俺は、腕を振り上げて飛びかかった。

ところが、一瞬早く、奴が俺の腕を捕まえた。
しまった!
読まれてたのか!?
俺が抵抗する間もなく、首なし女は俺を抱き寄せた。
ギュッと押しつけられるような息苦しさ。

でも、それはすぐに消えた。
「首をおくれ……」
耳元で、そんな声を聞いたような気がする。
それっきり、俺は気絶しちゃったんだ。
気がついたら朝だった。
肝試し組の奴らも、いつの間にか小屋の中で寝てたぜ。

俺たちは宿舎に帰って、さんざんに怒られたんだけどな。
でも不思議なことに、みんなは昨日のことを何一つ、覚えちゃいなかった。
肝試しをしようって約束したところまでで、記憶が消えてるっていうんだよ。

俺は、こうして覚えてるっていうのにな。
今でも、思い出すと不思議な気分になるよ。
あれはいったい、なんだったんだろうなってさ。
良夫は、そういって話を締めくくった。

でも、本当かしら。
良夫はお調子者だから、受けると思ったら、平気で嘘をつきそうだもの。
私は、良夫の横顔をじっと見た。
…………あら?
良夫、あんなところに傷がある。

やんちゃだからなあ。
だけど、首にまっすぐ、横一文字の傷だなんて、まるで首切りみたいだわ。
……首切り?
なんだか、嫌な感じがした。
確か、首なし女は良夫に、
「首をくれ」って……。

で、でも、まさか。
そんなことあるわけない。
きっと、単なる偶然よ。
だけど、もし本当に良夫の首が、このまま……。

ああ、もう。
考えるのはよそう。
話を続けなくちゃ。
何か起こるはずなんてないわ。


       (三話目に続く)