晦−つきこもり
>二話目(前田良夫)
>L4

へえ、そうなんだ。
でも俺は、肝試しを選んだよ。
怖い話なんて、いつだってできるじゃん。
今だって、こうしてやってるんだし。
それに比べて肝試しなんて、する機会があんまりないもんな。

とにかく消灯後、俺たちはこっそり集まった。
ところが、十五人以上来るはずなのに、七人しか来ないんだよ。
ビビッたのか、先生に見つかったのか……。
だけど、いつまでもグズグズしてられない。

俺たちまで先生に見つかったら、たまんないもんな。
打ち合わせ通り、俺たちは二組に分かれた。
肝試し組は俺ともう三人、残りの三人が怪談組だ。
で、俺たちは懐中電灯を持って、出発した。

「ねえねえ、森に行ってみましょうよ。なんだか怖そうじゃない?」
女子の一人がいった。
俺は、あんまり行きたくなかったんだ。
何となく、あの森は嫌な感じがしたんだよ。

でも、そんなこといえないぜ。
俺以外はみんな、すっかりその気になってるんだもんな。
しょうがなく、森に行くことにしたんだよ。
思った通り、不気味な森だったな。
俺は、その辺を適当にまわって帰るつもりだったんだけどさ。

「この森の真ん中に、古い塚があるんだって。そこに行って、帰って来るっていうのはどう?」
森に行こうっていいだした女子が、そんなことをいうんだよ。
はっきりいって、余計なこというなって感じだよな。
それで、森の奥まで行かなきゃいけなくなってさ。

虫の声一つ、聞こえやしない。
音らしい音といえば、俺たちの足音だけなんだ。
しかも、そのことに気づいてるのは、俺だけなんだよ。
他の奴らも、少しは変だと気づいてもいいのにな。
いくら友達だっていっても、あんなに鈍くさいんじゃなあ。

俺たちは十分くらい歩いて、なんとか塚らしい物を見つけた。
大きな石なんだけど、表面にコケが生えちゃってさ。
緑だか、灰色だか、茶色だか……。
何ともいえないような色の石だったっけ。

「何だ、大したことないわね」
そういって、女子が塚の表面に触った。
その途端、塚の隣りにボウッと、頭から血を流した侍が現れたんだ。
ちょんまげは解けて、ざんばら髪になってる。

着物は裂けていて、まるでボロ切れにしか見えなかった。
そして、その目。
カッと開かれた目の中には、瞳がないんだよ。

その目が、俺を見た。
背筋が凍るかと思ったぜ。
奴は、腰の刀を抜いたんだ。
そして、振り上げて襲いかかってきた。
「わああっ!」
速い。
避けられない!

覚悟した俺を、刀が通過した。
手品を見てるみたいだった。
刀は確かに、俺の体の中を通り抜けたんだ。
なのに、傷一つついてない。
落ち着いてみると、どうやら侍は、俺たちを見てるんじゃないらしいんだ。

もちろん、黒目がないから、どこを見てるかなんて、わからない。
だけど、刀を向けている相手は、俺たちじゃなくて……。
まるで、見えない相手がいるみたいだった。
俺たちの体をすり抜けながら、侍は刀を振り回してた。

不思議な眺めだったな。
怖いような、おかしいような……それでいて、悲しいような。
一時間くらい、そうやって見ていたんだろうか。
侍の姿が、だんだん薄くなっていくんだ。
見えない敵と戦いながら、侍はゆっくりと消えた。

夢でも見たような気分で、俺たちは宿舎へ帰ったよ。
そして次の日、肝試しに行った全員が、みんな揃って熱を出したんだ。
せっかく家に帰れるってのに、そのせいで二日、地元の病院に入院しちまったんだぜ。

ついてねーよな。
そのときに聞いた話なんだけどさ。
あの塚って、昔の古戦場跡なんだって。
瞳のない侍は、戦いで死んだんだろうなあ。
ひょっとしたら、自分が死んだって気づかないまま、毎晩戦い続けているのかもしれないな。

なんだか、可哀想な話だよな。
俺の話は、これで終わりだぜ。
次は、誰に話してもらう?


       (三話目に続く)