晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>K12

信じてくれるんだね。
葉子ちゃんにそういってもらえるのが、一番嬉しいよ。
俺の緊張は、もう押さえることができないくらい大きなものになっていたんだ。
「やめろ、やめてくれ、もうこんな茶番は沢山だ」
俺は、その場を立ち去ろうとした。

すると、彼も立ち上がって俺の方を見たのさ。
「君が敵に回るのは危険だな」
彼は、抑揚のない淡々とした言葉でそういったよ。
彼のその言葉を聞くと、北崎さんまでが立ち上がって俺を睨む。
俺は、自分の身に危険が迫っているのを肌で感じてた。

「君はその力を自由に使いこなすことはできない。僕が助ければ別だけどね」
そういって、彼は初めて表情を見せた。
俺をせせら笑うように、こっちを見たんだよ。
その彼の表情に、俺は後退りした。

そしてじりじりと俺は後ろに下がり、庭へ出たんだ。
足が芝生の感触を伝える。
その足に、地面すらも恐怖で震えているかのような振動が伝わってくる。
俺はやっと、常識では判断できない事態が起こっているのを実感したんだ。

とんでもないことに、俺は出合ってしまったのか……!?
その瞬間、俺のポケットの中の石が突然震えだしたんだ。
その振動は超音波のようなものを発している、そんな感じだった。
石の発した力は、世界中の物を震わせているように思えた。
なんだ、この石は……?

これが、あの子供がいってた力に違いない……。
だが、これには彼も意外だったらしい。
目を丸くし、体を硬直させているようだった。
勝てるかもしれないと、俺は漠然と思った。
しかし、何に勝てばこの状況から抜け出せるんだか……。

彼が最大の敵なのはわかる。
でも、この時は、たかが子供が俺の敵だとは、認めたくない気持ちがあったんだ。
不思議だよね。
あんな異常な事態に陥っても、常識、理性が働くなんて。
でもこんな時は、理性を捨てることが生き残るすべだって悟ったんだ。

俺は理性を振り捨て、奴を叩き潰すと決心したのさ。
すると、辺りの振動が不意にとまったんだ。
そう、無目的に放出していたエネルギーが、戦闘に向けられたって感じだったな。
しかし、彼は石の力が止まったと勘違いしたらしく、無気味に笑ったんだ。

彼は雄々しく地面を踏みしめる、そんな感じがしたな。
北崎は俺を馬鹿にするように見下していた。
彼は再度、俺に誘いをかけてきたよ。
まだ間に合うよって感じでさ。

だが、無意識の内に石のコントロールの術を把握していた俺は、その誘いを、きっぱりと断わったんだ。
たぶん、その時の俺は、笑ってたと思う。

「じゃあ、死んでもらう。もう君には力は感じられない。最後だな」
彼は、王者のように手をかざしたんだ。
彼の背後に、黒い煙の渦のようなものが発生する。
だが、その瞬間、俺は勝利を確信したのさ。

俺の周りの空気が輝きだしたんだ。
彼は少し驚いた表情を見せたが、かざしていた手を俺に向けた。
すると、彼の背後に渦巻いていた黒い闇が、俺の方に荒波の様に押し寄せてきたんだ。
俺は更に勝利を確信したよ。

周囲の光はますます強くなっていく。
そして押し寄せる黒い荒波を左右に払いのけたんだ。
光はますます強くなっていき、大きくなったその光は、とうとう彼らに達した。
「きゃーーーーーっ!!」
北崎洋子の悲鳴が轟いた。

彼女の体は、まるで光に溶けるように消えたんだ。
彼の表情にも苦痛が現れ、彼から放たれていた闇が完全に消えたのさ。
「なぜ……、俺が…………」
その声はまるで老人のようだったよ。
そして、彼も北崎洋子と同じように消えたんだ。

辺りに平穏が戻った。
光はいつの間にか消えている。
この異常な出来事に終止符が打たれたんだ。
後で知ったんだけど、北崎は悪魔を信仰していたらしい。
そして悪魔と契約し、この世に復活するのを助けることと引き替えに、栄光を手に入れたという話だ。

ちょっと信じられない話だけど、この石は確かにここにあるんだ。
しかし、この石はなんだろうな。
完全に復活してないとはいえ、悪魔に勝ったなんてさ……。

泰明さんの話は、仕事のせいかドラマか映画の中の話のよう……。
それとも、テレビ局ってこんな事件が起こりやすいところなのかしら?

「どうしたんだい? 葉子ちゃん、黙り込んじゃって」
「え、ううん。悪魔だなんて、すごい事件だなって思って……」
「あ……」
泰明さんは、一瞬、黙ったの。
そして、

「いやー、悪い悪い。今の俺の話、実は今度の特番のあらすじなんだ。怖い話っていうから、ついのっちゃってさ……」
じゃあ、今のは全部作り話なの?

「ごめんよ。葉子ちゃんが本気にするとは思わなかったんだ」
「……ううん、でもなんだかほっとしちゃった」
そうよ、この石にそんな力があるなんて……。
私は、泰明さんから渡された石を、もう一度じっくりと見る。
その時……!?

私の手のひらで、石が震えたような気がしたわ。
もっとも、私以外には誰も気付いていないみたい。
石の持ち主だった泰明さんですら、知らないと思う。

「まあ、とりあえず、これで石が三つ目になったわけだ。
いったい何が起こるんだろうな、今日……」


       (四話目に続く)