晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>L11

そうだね。
でも、俺は、まだこの時、この石をお守り程度にしか思っていなかったんだ。
俺たちは、リビングに戻ると一息ついたのさ。
「どう、特集を組む気になった」
彼女は優しく微笑むと俺の顔を覗き込む。

「すいません。もしかしたら、それで案内してくれたんですか」
俺は胸が熱くなった。

「違うわよ。最近、舞台ばかりだから、世間の人に忘れられているでしょ。だから、特集を利用して、また思い出して貰おうという裏があるのよ、ふふっ」
こんな彼女をいくら取材しても、感動のサクセス・ストーリーしかできないだろう。
俺は企画の練り直しを考えていた。

出川のことは、もうすっかり忘れていたんだ。
(この石の予言も今回だけは外れかな……)
そう、心の中で呟いた。
俺は、彼女に正式に取材を申し込むことを告げると、彼女の家を後にしたんだ。
次の日、俺は企画会議を召集した。

そして、北崎洋子の新企画を発表し、新しい担当記者を決めて、その日は解散した。
出川は依然、行方不明のままだ。
あの石はまた怪しく光っていたが、今回だけはその予言を信じることはできなかった。

俺は、北崎洋子の事務所に正式に取材を申し込み、とりあえず、次の日曜日に彼女の家を訪れるようにいわれたんだ。
遊び気分で気楽に来て欲しいということだった。
俺は負い目が取り除かれるようで嬉しかったよ。
ところが、その日。

俺は別の用で外出してたんだけど、局に戻る時間が遅れ、一緒に行くはずだったディレクターの星野さんに、先に行っててもらうことになったんだ。
一時間程遅れて局に戻った俺は、すぐに駅へ向かったさ。
駅に行く途中、俺は北崎さんの家に電話を掛けたんだ。

ところが、呼び出し音が鳴るばかりで、誰も出ない。
おかしいよな、星野さんが行ってるはずなんだから……。
彼女の家に向かう途中、何度となく電話を入れたんだが、さっきと同じようにコールを繰り返すだけで、誰も電話に出ないんだ。
不安が過った。

道の周りの家々の窓からは、明かりが漏れている。
ゴーストタウンではないんだな……。
昼に来た時と違って、人が住んでいるのを暗示している。
そして、俺はそんな住宅街の外れにある北崎さんの家に着いた。

彼女の家は真っ暗で、明かりはついていない。
あれ、どうしたんだろう……?
俺は不思議に思いつつも、意を決してチャイムを鳴らしたんだ。
反応はなかった。
本当に留守なのか……?
俺はもう一回チャイムを鳴らす。

しかし、何の反応もない。
帰るわけにもいかず、俺は、門の中に入って待つことにしたんだ。
もしかしてと思って、局にも連絡を入れたが、星野さんは、まだ北崎さんの家に行っているはずとのことだった。

ただ、『忙しいのなら、また次の機会にしましょう』という、北崎さんの伝言があったそうだ。
ここまで来たんだ、挨拶ぐらいしないとな……。
そう思った刹那……!
静かな新興住宅街に男の悲鳴が響いた。

「何だ!?」
悲鳴は、北崎さんの家の中から聞こえてきたんだ。
俺はドアの前に行くと、激しくドアを叩いたよ。
しかし、あの悲鳴以来、何の物音もしない。
それでも拳を叩きつけてたんだ。

そういえば、庭へ続く通路があったはずだ……って、俺は庭に回ったんだ。
そこには、あの白い仮面をかぶった人物が立っていた。
北崎さん……?
黒いマントを羽織っているので、彼女だという確証はない。
しかし、俺はその人物が北崎さんだと信じて疑わなかったよ。

彼女の足元には、すっかり血を抜き取られたかのように真っ白な、男性の死体が転がっていた。
その死体は、着ている衣服から判断して、星野さんに間違いない。
彼女の被る仮面は無表情だったが、何故か笑っているように見える。

これが彼女のいっていた演技の成果なのか……。
俺の脳裏には、そんな場違いな考えが浮かんでた。

「今度は成功させるわ……。何度も失敗したけど、今度こそ悪魔の子を身ごもってみせる……。
そのためには、多くのいけにえの血がいるの」
そういったかと思うと、彼女は、マントの下から大きな鎌を出し、それを頭上にかかげながら、俺の方に歩み寄ってきたのさ。

もう終わりだ!!
……そう思った瞬間!
俺のポケットの石が耳鳴りのような音を放ち出したんだ。
その音に反応してか、どこからともなく地鳴りがし、家の敷地全体が大きく揺れ始めたんだ。
彼女は振りかざした鎌をゆっくりと下ろし、地面を見つめた。

さっきの『笑い』とはうらはらに、『恐怖』がひしひしと伝わってくる。
その瞬間!
地面の土が盛り上がってきたんだよ。
ボコッ、ボコッ……。

それは何ヶ所にも及び、その盛り上がった土の中からは、何か生き物のようなものが這い出してきたんだ。
どうやらそれは、赤ん坊のようだった。
彼らは泣き声を上げながら、はいはいして彼女に迫っていく。
(マ…………、マ……、ママ……、マ……)

よく聞くと『ママ』、そういっているようにも聞こえる。
「嫌、こ、来ないで!」
彼女は奇声を上げ、すがりついてくる赤ん坊たちを振り払ってたよ。
しかし、赤ん坊たちは彼女の抵抗をくぐり抜け、マントの中へと入っていったんだ。

「きゃーーーーーっ!!」
彼女は、悲鳴と共に地面に崩れたよ。
俺は呆然と立ち尽くすだけだったんだ。
我に返った時には、石が放っていた耳鳴りのような音は消えていた。
俺は、はっとして彼女のもとに駆け寄ったよ。

「北崎さん……!?」
しかし、返事はない。
俺がマントをめくると……?
そこには、仮面が残されてるだけだった……。
後で彼女の日記を見たんだけど、彼女は悪魔信仰に凝っていて、悪魔の子を産もうとしていたらしいな。

悪魔の子が成人した時、彼女は、その子が造る帝国に聖母として君臨できるはずだったというんだ。
本当にそんなことができるかどうかわからない。
だが、彼女は本気で信じていたんだよな……。
これで俺の話は終わりだ。

しかし、あの石はなんだったんだろう。
ただのお守りだと思っていたのにさ……。

泰明さんの話は、仕事のせいかドラマか映画の中の話のよう……。
それとも、テレビ局ってこんな事件が起こりやすいところなのかしら?

「どうしたんだい? 葉子ちゃん、黙り込んじゃって」
「え、ううん。悪魔だなんて、すごい事件だなって思って……」
「あ……」
泰明さんは、一瞬、黙ったの。
そして、

「いやー、悪い悪い。今の俺の話、実は今度の特番のあらすじなんだ。怖い話っていうから、ついのっちゃってさ……」
じゃあ、今のは全部作り話なの?

「ごめんよ。葉子ちゃんが本気にするとは思わなかったんだ」
「……ううん、でもなんだかほっとしちゃった」
そうよ、この石にそんな力があるなんて……。
私は、泰明さんから渡された石を、もう一度じっくりと見る。
その時……!?

私の手のひらで、石が震えたような気がしたわ。
もっとも、私以外には誰も気付いていないみたい。
石の持ち主だった泰明さんですら、知らないと思う。

「まあ、とりあえず、これで石が三つ目になったわけだ。
いったい何が起こるんだろうな、今日……」


       (四話目に続く)