晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>Q11
そうだろ。
俺も、得体の知れない恐怖を感じてたんだ。
「ふふっ、そっくりでしょ、あの話と……。立派に、北崎洋子を演じているでしょう」
走馬灯のように、この十年間の出来事が思い出されてくる。
だけど、女優一人の力であそこまでできるのかって、俺は、どうしても信じることができなかったんだ。
「あの真面目で、おとなしかった、君がどうして……」
「ふふっ、あるものが力を貸してくれたの」
彼女は悪戯っぽく笑うとそう答えた。
そして、ゆっくりと開かれた彼女の手のひらには、小さな石のかけらが一つ。
どこかで見たような……?
「覚えてる? 真田君にもらったこの石よ。卒業の時に二人で見つけて、一つずつ持つことにしたじゃない」
その石っていうのは……、さっき話した幸運の石のことだよ。
「ある時、この石が光ったの。整形病院の前だったわ。私はすぐにその病院に入り、手術を受けることにしたわ。そう、北崎洋子のイメージそっくりにね。それからはこの石のとおりに行動したの……」
そんなこといわれたって、すぐには信じられないよな。
俺だって石を持ってるんだ、それなら、俺にも力を貸してくれるはずだって思うだろ。
願望の強さ……、それに比例するのか……?
俺は迷ったときしか、あの石を頼りにしようとは思ったことがない。
本当に、お守りのようなものだ。
しかし、彼女の場合は石のいいなりになっていたという……。
常識はずれかもしれないけどさ。
彼女のおかげで、俺が今の地位を築けたというのが、俺のプライドを傷つけたんだ。
彼女の力なんかなくたって、俺はやれたはずさ……。
そう自分にいいきかせることに集中するあまり、今、何が重要な問題なのか、何を考えるべきなのか、すっかり混乱していたのさ。
だから、彼女の様子の変化に気付くのが遅れたんだ。
「でもさ、ラストまであの映画みたいにはならないよね。真田君、私を避けたりしないよね」
彼女は正気を失ったような笑みを浮かべ、俺に近づいてきてた。
俺はたじろいだよ。
「どうしたの? そんなに脅えて」
歩きながら、彼女は俺の方に両手を差し伸べる。
俺はテラスから庭へと逃げた。
外は薄暗く、空をどす黒い雲が覆っている。
彼女も俺の後を追ってテラスに現れたよ。
「真田君っ!」
俺の名を呼んで、彼女は無気味に微笑んだんだ。
「やめろ! やめてくれ!」
俺は、もう限界だった。
黒い雲はとうとう雨を降らせ、二人を濡らし始める。
彼女はその雨を感じる様子もなく、ゆっくりと歩き続けるだけ……。
「やめろー!」
その瞬間、俺のポケットに入っていた石が震えだしたんだ。
俺の恐怖に石が反応したようだった。
空には稲妻が光り、地面が震えだす。
まるで、俺の石と彼女の石の力がぶつかりあってる。
そんな感じだった。
それでも、彼女は一歩一歩近づいてくる。
「真田君、この話はハッピーエンドよね」
そう呟くと、彼女は悲しそうに微笑む。
しかし、俺にとっては恐怖を増す言葉にしかならなかったんだ。
「やめろーーーーー!」
俺は絶叫していたよ。
その時、彼女の手から石が転がり落ちたんだ。
石は地面を転がって、俺の足元で止まる。
彼女に力を与えていた石……。
俺がその石を拾うと、ポケットに入れていたはずの俺の石が、ふいに、俺のその手に現れたんだ。
そして、俺の手の中で、二つの石は一つになった。
地面の振動は止まったが、空の稲妻はますます激しくなる。
雷鳴の轟く中、一筋の稲妻が彼女を撃ったんだ。
瞬く間に彼女は黒焦げになり、稲光が消えると共に、風化するかのように消えた。
ほんの一瞬の出来事だった。
俺が気付いた時には、雨は上がり、空はいつのまにか星に覆われていたよ。
これが石にまつわる恐怖の体験だ。
あの時二つだった石が、今は一つになっている。
この石は同じタイプの石同士、引き合っているのかもしれないな。
俺の石で、ほら、三つ目だ。
何か、悪いことが起きなければいいけどな。
「これで俺の話は終わりだ」
泰明さんの話は終わった。
「泰明さん、洋子さんは……」
泰明さんは、十年も自分のことを思ってくれた武井さんが死んだというのに、全然気にしている様子はなかった。
「えっ、北崎洋子? 謎の失踪ってことになったよ。みんな知っているだろ。テレビでも取り上げられたから。まあ、哲夫は知らないか、ははっ」
やけに明るいな。
もっと、気落ちしていると思ったのに……。
それとも、明るく振る舞っているだけかしら?
あら? そういえば、出川さんは……?
…………。
私は、考えるのをやめたの。
きっと、明るく振る舞っているだけよ……。
泰明さんは、哲夫おじさんと冗談をいい合っている。
石の話は、まだ続くんだろうか?
私がちょっと不安になった時……。
泰明さんが、私の方を振り向いていったの。
「さあ、次の話は誰かな、ははっ」
(四話目に続く)