晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>S11

そうか、勇敢だな、ははっ。
俺は、それはできなかった。
怪我するのが嫌だからじゃないよ。
まだ、何かの冗談ではないかという思いがあったんだ。
そりゃそうだろ、平穏な日常生活の中でいきなり、殺されかけたんだぞ。
しかも、大女優にだ。

刃物で切り付けられてはいるが、俺には、自分が殺されるという実感は無かった。
だから、俺は北崎洋子が来るのを待ち、様子を見ることにしたんだ。
しばらくすると、彼女はさっきと同じようにゆっくり近づいてきた。

彼女は、また優しく笑っている。
しかし、俺はもう、待つことはできなかった。
俺は彼女を避け、リビングのドアに向かった。
一撃さえ避けられれば……。
そう思い、俺は彼女の横をすり抜けようとしたんだ。

だが、すれ違う瞬間、彼女の一撃が俺の腕をかすめ、俺はバランスを失ってテラスに倒れてしまったのさ。
彼女は振り返り、俺を見下ろした。
その時になって、初めて俺は確信したんだ。
本当に殺されると……。

そして、家の壁に立てかけてあったゴルフクラブを取ると、彼女に向けて振りおろしたんだ。
ゴリッという鈍い手応え……。
すぐに、とんでもないことをしてしまった! と後悔したが、彼女は少し怯んだだけで、倒れるようなことはなかった。
化け物だ……。

俺は戦わなくてはならないと、とっさに思ったよ。
彼女は更に迫ってくる。
その時……!
ポケットの中の石が、突然、耳鳴りのような音を発し出したんだ。
彼女から初めて不気味な笑いが消え、頭を押さえ出した。

それは、石が発した音を聞かないように、耳を押さえているふうにも見えたよ。
彼女は奇声をあげ、最後の力を振り絞って、俺に襲いかかろうとした。
しかし、石の発する音はますます激しくなり……。
やがて彼女は、空気に溶ける様に消えたんだ。

恐怖の事件に終止符が打たれた。
俺は、この事件のことを考えたが、自分を納得させる答えは見つからなかった。
その代りに、俺は、彼女の家で一冊の日記を見つけたんだ。
それは彼女の母親の日記らしかった。

彼女の母親は悪魔を信仰していたらしい。
そして悪魔の子である洋子を身ごもったんだ。
幼い頃から、他とは違う雰囲気を持っていた洋子は、四才の時に子役として芸能界へ。

しかし、小動物を殺すなどの奇行があり、その行動は年を重ねるごとに、異常さを増していったということだ。
洋子が十六才の時になると、ようやく母親も、自分がとんでもないものをこの世に導いたと気付いたのさ。
そして悪魔の子を殺そうとした。

しかし、逆に殺されてしまったんだね。
泰明さんの話は、仕事のせいかドラマか映画の中の話のよう……。
それとも、テレビ局ってこんな事件が起こりやすいところなのかしら?

「どうしたんだい? 葉子ちゃん、黙り込んじゃって」
「え、ううん。悪魔だなんて、すごい事件だなって思って……」
「あ……」
泰明さんは、一瞬、黙ったの。
そして、

「いやー、悪い悪い。今の俺の話、実は今度の特番のあらすじなんだ。怖い話っていうから、ついのっちゃってさ……」
じゃあ、今のは全部作り話なの?

「ごめんよ。葉子ちゃんが本気にするとは思わなかったんだ」
「……ううん、でもなんだかほっとしちゃった」
そうよ、この石にそんな力があるなんて……。
私は、泰明さんから渡された石を、もう一度じっくりと見る。
その時……!?

私の手のひらで、石が震えたような気がしたわ。
もっとも、私以外には誰も気付いていないみたい。
石の持ち主だった泰明さんですら、知らないと思う。

じゃあ、次の人の番だな。


       (四話目に続く)