晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>M5

「あら嫌だ。葉子ちゃん、いきなり何をいいだすの?
せっかく怖い話をしてあげようと思ったのに……。ふうん。泰明さんのことが気になるのね。まあいいわ、それなら二人っきりにしてあげるわよ」

和子おばさんはそういうと、泰明さんを促した。
「えっ……ちょっと待ってよ、葉子ちゃん」
泰明さん、少し赤くなったみたい。
気のせいかしら。
うふ、もしかして脈あり?
なんてね、きゃっ。

「あの、泰明さん……」
「あ、ごめん、携帯電話が……。
ちょっと待ってね、葉子ちゃん。
……もしもし、ああ、うん。今、親戚の所。え? 違うよ。本当に親戚の所なんだってば。やだなあサユリ。俺にはお前だけだから……」
……………え?

泰明さん、いったい誰と話してるの?
「ははっ、愛してるよ、サユリ。
え、わかってるって? そっか、ははっ」
え、えーーーっ!?
「あら嫌だ、泰明さん、彼女いたの?」
和子おばさんが、苦笑いしている。

「もう、そんな電話でイチャイチャしないでよね。バッカみたい」
由香里姉さんはあきれ顔。
「えーと、こういうわけで葉子ちゃん……その、気持ちはありがたいんだけど」
や、泰明さん……。
そんなー!

あーあ、あんなこといわなきゃよかった。
すっかり振られちゃったわ!
「葉子ちゃん、気を落とすなよ。
おじさんが今度、山にでも連れていってあげるからさ。山は男の浪漫……あっ、ちょっと、どこに行くんだい?」

哲夫おじさんのいうことなんて、聞いていられない。
私は、肩を落としながらその場を去った。
怖い話なんて、もうどうでもいい。

悲しいよお……。
……その夜は、寝る前にちょっと泣いてしまった。
布団をかぶって、声を殺してしゃくりあげていた。
……すると、ふすまを誰かが軽くたたいた。
「葉子ネエ、葉子ネエ……」

あれっ、良夫?
やだやだ、今はあいつなんかに会いたくない。
「おい、一緒に寝ていいか?」
……なにいってんのよ。
ガキなんだから。
ふん、冗談じゃないわよ。
あっち行ってよ。

とはいえ、そんな返事はできなかった。
声をだしたら、泣いているのがバレてしまうから。
良夫は、私の返事を待たずに部屋の中に入ってきた。
「ここに寝るからな」
そういい、横になったようだった。
私の側の、畳の上に……。

「葉子ネエ、手、手」
えっ、手をつないで寝るつもり?
そんな、少女マンガじゃないんだから。
「手、貸して」
良夫は、私の布団に手を入れてきた。

……なんだか、あったかかった。
あったか……え?
良夫の手がぬるぬるしている。
「良……」
「しっ」
良夫が、すぐにいった。
「あいつ、許せないよな。そうだろ、葉子ネエ。俺、復讐したぜ。
寝ているところを、グサッてね」

よ、良夫……?
あいつって誰?
復讐したって何?
まさか、泰明さんを……?
ま、まさかね。
冗談いってるのよね。

「だーいじょうぶ。顔にキズつけてやっただけだから。あいつさあ、モテるつもりでいい気になってたじゃん? だから復讐。あーすっきりした。じゃ、お休み、葉子ネエ」
良夫は、すぐに寝息をたてはじめた。

……きっと、冗談だろう。
いくら良夫でも、そんなことはできないはず。
でも、もし本当だったら……。
顔に刃物を、つきたてたとしたら……。

すぐに確かめる勇気はなかった。
良夫のぬるぬるした手を握りながら、私はただ、夜が明けるのを待っていた……。


すべては闇の中に…
              終