晦−つきこもり
>三話目(山崎哲夫)
>Q9

そうか……。
あんまり話したくなかったんだがな。
葉子ちゃんがそういうんなら、仕方がない。
沢登りから、一ヶ月ちょっと過ぎた頃だ。
自分は、あの出来事はすっかり忘れていた。

毎日、日雇いの道路工事の仕事に精を出していたんだ。
その日も、仕事が終わった後、酒でも飲んでくつろいでいた。
その時だ。
突然、電話が鳴り響いたのは。
その電話は、自分にとって、とても衝撃を受ける内容だったよ。

あの、藤澤の悲報だったんだ。
藤澤はな。
なんと、風呂に入っていて、滑ったらしい。
普通、頭を打って死んだんだと思うだろ?
でも、違ったんだ。
藤澤は風呂に入ろうとして、運悪く石鹸で滑った。

湯船の方にこけてしまってな。
湯船の縁で、頭を打ったんだよ。
それまでは、よかったんだがな。
そのまま気絶して、風呂の中に頭をつっこんでしまったんだ。
藤澤は、そのまま意識が戻ることがなかった。

当然、溺死だ。
でもな、藤澤はそのあと一ヶ月近く発見されなかったんだ。
自分と同じで、定職を持たない奴だったからな。
誰も、藤澤のことに気がつかなかったらしい。
風呂に頭をつっこんだまま、一ヶ月。

藤澤の死体がどうなったか、想像つくだろ?
藤澤の頭はふやけてな。
肩幅より、頭の方が大きくなっていたらしいぞ……。
それでな、葉子ちゃん。
藤澤の死から、もう数年たつが、その間に自分の友達は三人死んだよ。

いずれも、あの沢登りに参加した奴らさ。
葉子ちゃん、どう思う?
何かあると、思わないかい?
次は、いよいよ自分の番だ。
残ったのは自分しかいないからな。
まあ、来るなら来いってんだ。

自分が、蹴散らしてやるよ。
がっはっはっはっは……。
……哲夫おじさんが強がっているってこと、私にはわかるわ。
だって、笑い声に元気がないもの。
ここにいるみんなもそのことに気がついているみたい。

みんな神妙な顔をして、黙って哲夫おじさんの顔を見ているもの。
……がっはっはっはっは。
みんな、どうしたんだい。
顔が青いぞ。
大丈夫。
自分は死んだりなんかしないさ。

自分は、ちょっとやそっとじゃ死なないさ。
葉子ちゃんだってそう思うだろ?
がっはっはっはっは。
「………………………………」


       (四話目に続く)