晦−つきこもり
>三話目(山崎哲夫)
>T8

藤澤もそうだったんだ。
あいつも、涙を流しながらただガタガタと震えていたよ。
自分はな、とりあえずお経を唱えてみたんだよ。
よく知らないから、適当にな。
でもな、それが効いたのか、のぞき窓に映っていた霊は、スーッと消えていったんだ。

でも、いつまた出てくるかわからないだろ?
だから、自分らは急いでテントを飛び出し、隣のテントに駆け込んで、そこで寝かせてもらったんだ。
でも、思い出すだけで体が震えてな。
結局朝まで眠ることはできなかったよ。

そんなことがあったんだ。
でな、葉子ちゃん。
この話には、まだ続きがあってな。
その時の霊に関係している話だ。

部屋に帰り、二、三日してからだった。
妙に、部屋が『ぎしぎし』と鳴るようになったんだよ。
その時には、気がつかなかったんだが、あれが……ラップ音? だっけ?
それだったんだ。

気にせずに、しばらくいたんだがな。
とうとう出たんだよ、自分の部屋に。
自分が寝ていたときだ。
自分は、寝苦しさに目が覚めてな。
起きてみると、部屋が鳴っているんだよ。
ぎしぎしとな。

その時は、いつもより激しく鳴っていた。
怖くてな。
布団に潜り込もうとしたときだ!
急に体が動かなくなってな。
金縛りさ。

自分は、目をぎゅっと閉じたまま、身動き一つできずに固まっていたんだ。
するとだ。
自分の足下に、人の気配がするんだよ!
自分は、一人暮らしだろ?
だから、誰かがそこに立っているなんて、ありえないんだよ。

鍵もちゃんとかけてあるし。
自分は怖くてな。
心の中でお経を唱え続けたんだ。
すると少しだけ、金縛りが緩くなった気がした。
その時に、安心したのがいけなかったんだ!

自分は、思わず目を開いてしまったんだよ。
するとな、葉子ちゃん!
自分の足下に、立っていたんだ、知らない奴が三人!
いや、知らないというのは、正しくない!
あの時の奴らだ! あのテントに浮かんでいた顔!

あの顔の幽霊が、自分の足下に立っていたんだよ!!
そして、自分を恨めしそうに睨んでいるんだ!
怖くてじっくりなんか見ていられない。
自分は、また目をぎゅっと閉じて、お経を唱え続けたんだ。

そうしているうちに、自分はいつの間にか眠っていたよ。
朝、目が覚めると、そこはいつもと何ら変わりない部屋だった。
ただ違ったのはな、葉子ちゃん。
あの幽霊の立っていた場所。
そこのところがな、水が滴り落ちたようにびっしょりと濡れていたんだよ。

そんなことがあったんだ。
それがな、その日だけじゃなかったんだよ。
毎日だぞ! 毎日!
それが、毎日続いたんだ。
自分は、耐えられなくなってな。
友達の家に泊まりに行ったりしたんだよ。

それでも、結果は同じだった。
あの幽霊は、自分自身についてきているんだ。
つまり、友達の家にも出たんだよ。
あの幽霊がな。
何人かの友達の家を回ったんだがな。

そのうち、友達の間でも、有名になってしまってな。
山崎が泊まると、幽霊が出るってな。
それで、誰も泊めてくれる奴はいなくなってしまったよ。
でもその頃には、自分も慣れてしまってな。
今では、全然平気だ。

「……と、いうことは、哲夫おじさん。今日も、出るの?
幽霊……」
私は、心配になって、聞いてみました。
「ああ、出るよ。って、いうより、もう出ているけどな」
「!!」
私は、思わず後ろを見てしまいました。

「がっはっはっはっは!
大丈夫、葉子ちゃん。嘘だから」
「もう! 哲夫おじさん!!」
本当に、哲夫おじさんって、人をからかうのが好きなんだから。

「いやぁーーー、葉子ちゃんをからかうと、面白いなあ。でも、本当なんだぞ、自分の部屋に出るって話は」
哲夫おじさんは、あんなことをいっているけど、本当なのかしら。
私、もう哲夫おじさんのいうこと、信じられない。

「きゃっ!」
突然、私のお尻のところが、ひやっとしました。
見てみると、私のすぐ後ろに、水たまりができているのです!
その水で、私のパジャマが濡れていたのです!

(誰も、私の後ろなんかにこなかったし、こんなところに、コップなんか置いていなかったわ……。
それに、雨漏りもしていないみたいだし……)
私は、ぞっとしました。

哲夫おじさんを見てみると、のんきに馬鹿笑いを続けています。
「どうしたんだい?
葉子ちゃん。顔色が悪いぞ!自分の話を聞いて、怖くなったか。がっはっはっはっは!」

よく見ると、哲夫おじさんの目。
本当に笑ってはいません。
本当は、哲夫おじさん。
私の後ろに、誰か立っていたの、知っていたんじゃないのかしら……。


       (四話目に続く)