晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>B7

何、当たり前のこといってんの?
私の話はまだ終わってないんだから。
あのさぁ、いつだったか、私、
「二階堂さんて方を、紹介して欲しいんですけど……」
って、井上先輩に頼んだんだ。
もちろん、目当ては例の滝の遺体捜索。

決まってんじゃん。
渦の中で、ぐるぐる回る遺体。
落下の途中で千切れた手足なんかは仕方ないけど、凍るように冷たい水と、渦を巻く水流の影響で、遺体は綺麗なままなんだって。
普通の水死体のように、腐ってたり、ガスが溜まってパツンパツンに身体が膨らんでたりってことがないって、先輩はいってたよ。

私、この話を聞きながら、昔、図書館で見た美術画集を思い出してた。
骸骨が踊ってる絵ばっかりの画集で、確か、死のダンスとか、なんとかってタイトルだったと思うんだけど……。
水中で繰り広げられる、遺体の舞。

まさに、死のダンスだよね。
ぜひ、見てみたいと思わない?
しかも、アルバイト代までもらえるんだよ。
実に、貴重な体験だと思うなぁ。
井上先輩だってこの体験がなかったら、樹海の死体捜索には参加できなかったと思うもん。

だけどね、先輩はぶっきらぼうに答えたのさ。
「悪いんだけど、彼の連絡先、知らないんだ」
って。
変な話じゃん?
だって、少なくとも二階堂さんは、先輩の連絡先を知ってたわけでしょう?

なのに先輩は知らないなんてさぁ。
本当に二階堂さんて、先輩の知り合いだったのかなぁ?
彼のいう、
「グァムで会った」
っていうのも本当かどうか……。

井上先輩から、二階堂さんを紹介してもらおうと思ってたのが駄目になって、私の望みもパーかと思ってたらさぁ。
天は私を見放してなかったんだよ。
ついこの前、家に一本の電話がかかったんだ……。

「もしもし、鈴木由香里さんですか? 三田村と申しますが……。
そう、サイパンでお会いした。お久しぶりです……」
……だって。
その後、
「近くまで来てるんですけど、一緒に飲みませんか?」
って続いたよ。

どこかで聞いたような台詞じゃん?
特に断わる理由もないからさぁ、私はもちろん、その人と飲みに出掛けたのさ。
「私が、呼び出したんだ。今日はおごらせて下さいね」

そういって、三田村さんが選ぶのは、豪華な料理に、高い酒ばかり。
金持ちなんじゃん?
ここまでは、井上先輩の時とそっくりだよね。
だけど、私は先輩の話を知ってるから、三田村さんの金離れのよさにも、巧みな話術にものせられなかったんだ。

ひとしきり世間話をした後、三田村さんは二階堂さんと同じように切り出したよ。
「今度、また潜りに行きませんか?
国内ですが、絶好のスポットがあるんですよ」
って。
ダイバー勧誘マニュアルでもあるのかなぁ?

まったく、話に聞いたとおりなんだもん、笑っちゃうわ。
だから私、
「それは面白そうですね。ぜひ、連れてって下さいよ」
って、気軽にOKしながら、こう切り返したのよ。
「ところで、二階堂さんはお元気ですか?」
って……。

その時の、三田村さんの顔ったら……!
ハトが豆鉄砲ってああいうのをいうんだわ。
「はぁ…………」
私の切り返しは、マニュアルにのってなかったとみえて、三田村さんは口ごもってしまったんだ。

どんな返答が返ってくるのかと思ってたらさぁ……。
「そうですか、じゃあ早速ですが……」
「……………………」
私、呆れて声も出なかった。
本当に、マニュアル以外の台詞は思いつかないんだよ。

思わずロボットじゃないかと疑っちゃった。
まあ、望みがかなうんだから、よしとするか。
私が、ダイビングに誘われた日は、来月末。
ゴールデンウィークの前なんだ。

もう、今からわくわくしちゃってる。
そうそう。
その後、偶然、二階堂さんの情報を入手したんだ。
テレビか何かじゃなかったかなぁ……。
行方不明者の情報募集みたいな番組だと思ったけど、もしかしたらニュース番組だったのかも……。

そうなんだ。
二階堂さんは行方不明になってたんだよ。
いったい、どこに行っちゃったんだろうね。
失踪するような理由が、誰にもわからないんだって。
私が思うには……。

二階堂さん、あの滝にいるんじゃないかなぁ。
まだ、想像の域を出ないんだけどね。
なんとなく、そんな気がしてるって感じ?
滝壷でぐるぐる回ってる……みたいな?

えっ!? 自殺したのかって?
まさかぁ……。
まぁ、いいじゃん。
そのうち、結果を報告するよ。
今度の遺体捜索隊には、私も参加できるんだからさ。
せっかく取ったダイバーズ・ライセンスだよ、こういう時にこそ役立てなきゃ意味ないじゃんね。

さ、これで、私の話は終わり。
もういいよ。
次へ行こうか。


       (四話目に続く)