晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>O5

ふーん、木や花に囲まれてかぁ。
なかなかロマンチックな考えだね。
桜の下には死体が埋まってる……、なんて言葉もあるぐらいだし。
もっとも、最近の都心の住宅事情じゃ、死体を埋める桜の木どころか、飼ってたペットのお墓を作るだけの土地もないっていう話だしね。

花に囲まれてかぁ……。
そういえば、この前、都心のオフィス街にある植え込みの中から、若い女性の死体が見つかったって事件、覚えてる?
一時期、自殺か他殺かでワイドショー関係を賑わせてたじゃん。
あの死体の第一発見者って、実は私なんだ。

あれって、花の季節だったと思うんだけど……。
あれは、けっきょく自殺だったんだってね。
彼女の日記から、遺書が発見されたらしいよ。
なんでも、ものすごい美人だったんだけど、虫歯の治療をしていたら微妙な口許のラインが崩れたって、ひどく悩んでたんだって。

『鏡を見るのが怖い……』
『手術を受けようか……』
『みんな、私を見て笑ってる……』
日記には、こんなことばかりが延々と書きつづられ、

『……なんて酷い顔なのかしら?
友達や両親は、少しも崩れてないというけれど……。私には、はっきりとわかる。こんな酷い顔で生きていくくらいなら、いっそ、死んでしまいたい……』
最後のページには、こう書かれてたよ。

彼女の死因は、頭部強打による頭蓋骨骨折。
ビルの屋上から飛び降りたのさ。
醜い顔を残したくなかったんじゃないかなぁ。

もっとも、発見された時には死後数ヶ月が過ぎてて、顔も何もボロボロだったけどさ。
驚きだよね。
そんなになるまで、誰一人として彼女の死体に気付かなかったんだよ。
あんなに人が大勢いる場所なのにさぁ。

毎日のように通勤してるビルの、一歩足を踏み入れた所に死体があったなんて、オフィス街の人たちは、どんな思いでこのニュースを見てたんだろうね。
自分の家のお隣さんが、殺人犯だった。
……っていわれた時みたいな、衝撃があったんじゃないかなぁ。

彼女が、飛び降りる瞬間を見た人はいなかった?
死後一週間もすれば、腐臭が漂ってくるもんじゃないの?
カラスが騒がしかったことはなかった?

その後しばらくの間は、死体のあった場所に花や線香が置かれたりもしてたんだけど、最近じゃすっかり過去のことになっちゃってるよ。
今でも彼女のことを覚えてるのは、ずっと彼女の死体を見守ってた、植え込みのツツジだけ。

それまでは、白い花を咲かせていたはずのツツジが、なぜか今は、赤い花をつけるんだってさ。
私も見たことあるんだけど、白い花が咲き乱れる中に、一株だけ赤いツツジが咲いてるんだ。

奇妙な光景なんだけど、道行く人たちは気付いているのか、いないのか……。
誰も気に止めないんだよね。
他人に無関心な人たちには関係ないことなんだよね、きっと。
もし私が彼女だったら、そのまま死体が発見されなければよかったのにって、思ってるだろうな。

ひっそりと、ひっそりと、朽ち果てて植物の養分になれたら……。
私の身体の、肉が腐ってぐずぐずに崩れ落ち、血や体液が地中深く染み込んでくの。
骨は……、どうしても残ってしまうだろうけど、それも、やがては風化し、土に帰っていくんだよ。

それで、私の血や肉を吸った地面から、木や花や草が生えてくる。
栄養たっぷりの地面だからね、さぞや立派な植物に育つと思うんだ。
とっても自然で、正常な、食物連鎖の形でしょ。

この辺りの山の中なら、それも可能だなって気がする。
うちのベランダの鉢植えじゃ、どうあがいても無理じゃん。
そうだなぁ、私も死ぬ時は山に入るかなぁ。
もっとも、私の場合は自殺っていうよりも、誰かに殺されるって確率の方が高いと思うんだけどさ。

さ、これくらいにしとこうか。
なんだか寒くなってきちゃった。


       (四話目に続く)