晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>P6

「全然……」
私は小さく首を振ったの。
「そっかー、全然わからないか……」
少し落胆した様子で、由香里姉さんは呟いた。
「じゃあ、やっぱり葉子の中に浮かんだ自殺のイメージは、あの日が原因なんだ……」

あの日……?
…………ドクン。
心臓の音が聞こえてくる。
聞いちゃいけないことなのかもしれない。
でも、でも……。
「由香里姉さん、あの日って……?」

「私たち、二人で遊んだじゃない?
思い出してよ、葉子」
由香里姉さんと、二人で……?
確かに何度か遊んでるはず。
私の家に遊びに来たこともあったし、近所の公園や、遊園地、この家でも遊んだ。
それから…………?

……ドクン、……ドクン。
やだ、どんどん心臓の音が速くなってく。
「葉子、家に来て遊んだ日のこと……。
忘れちゃってるでしょう?」
由香里姉さんの家?
そんなはずないわ。

だって……。
だって……。
……ズキン!
痛っ!! 頭が今……。
「私……、行ってな……い」
ズキン……、ズキン……。
痛みに、目をギュッとつぶると、滲むように、ある風景が映し出される。

どこだろう……?
……どこかの家の中みたい。
……女の子が一人、二人。
ズキン……。
「由香里姉さんの家なんて……、知りません!」
私の声はちゃんと出てるのかしら?

頭痛がひどくて、自分の声もよく届かない……。
見えるのは相変わらず、家の中と二人の少女。
お母さんのワンピースを着て、お姫様のつもり……?
一人が、今……綺麗なリボンを首に巻いて……。

もう一人は、それが羨ましくて……。
それは……私?
「どうしてそんなこというのよ」
由香里姉さんの声は、ひどくはっきりと、それでも小刻みに震えてた。

まぶたに浮かぶ景色では、少女の首のリボンに、私が手を伸ばして……。
すると、リボンを巻いた少女が……!
「葉子が来なかったんなら、何で、私の首にこんな物がついてるの!?」

「きゃーーーーーっ!!」
その瞬間、私に見えたのは!!
首にリボンを絡み付かせた由香里姉さんの姿!
リボンは、きつく由香里姉さんの首を縛り上げ、首からは赤い血がポタポタと……。
由香里姉さんは、私のまぶたに浮かんだリボンの少女と重なり、私を恨めしそうに見つめてる。

……ズキン!
あの日、由香里姉さんと二人で遊んでて……。
……ズキン!
私がリボンを引っ張って……。
……ズキン! ……ズキン!
私が手を離した時には、由香里姉さんはもう…………。

「やっと、思い出してくれたみたいだね」
「……うん」
「そんなに脅えないで」
…………何だろう? 気持ちが落ち着いていく。
優しい声だ。
由香里姉さんは少女の姿になり、にこやかに微笑んでる。

「私は、ただ思い出して欲しかっただけなんだから」
もう、由香里姉さんの首を締め付けるリボンは見えない。
「葉子が思い出してくれたから、私は行くね。バイバイ」
由香里姉さんは、ゆっくりと揺らぎながら消えて……。

……あんなに激しかった頭痛が嘘のように引いていく。
思えば、今年は由香里姉さんの七回忌でもあったんだ。
死んだおばあちゃんは、由香里姉さんを可愛がってたから、連れていったんだろうって、みんなが話してた気がする……。

由香里姉さん、忘れちゃっててごめんなさい。
許してくれてありがとう。
……トクン、……トクン。
心臓も落ち着いてきてるし。
もう大丈夫。
由香里姉さんは、私を許してくれたんだもの。

そう思った時……。
「あらあら、葉子ちゃんたら」
私ははっとして目を開けた。
和子おばさんは、困ったような顔で私を見てる。
「何だいそれ? 今の流行なのかい?」
「へん、葉子ネエだっせーの」

みんな、いったいどうしたの?
私の顔に何か付いてる?
「そういえば、由香里ちゃんが死んだ時も、そんなかっこしてたわねぇ」
「やめろよ、縁起でもない!」
「でも、今年はあの子の七回忌でもあるんだろ? 案外ここにいるのかもしれないぜ」

「ねーねー、何のこと?」
もうみんな、私のことなんてどうでもいいみたい。
私がきょとんとしていると、正美おばさんが冷ややかに、
「そんな不潔な物、早く外しなさい」
って、コンパクトを渡してくれたの。

コンパクトの鏡には……!?
血まみれのリボンを首に巻いた私の顔が!!
そういえば、頭痛は治まったけど……。
今度は息が苦しいような…………。


すべては闇の中に…
              終